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 私はストール学園の卒業後、王城の応接間に呼ばれ登城した。 「……」  そちらから「話がある」と呼んでおきながら、ブルーベルベットのソファで黙って紅茶を飲んでいる、水色のジュストコールを身につけた彼がようやく口を開いた。  メイドも彼の側近もいない静かな応接間に、彼の声が響く。 「ローリス嬢、君との婚約を破棄する。この話はすでに国王と王妃、君の両親にも伝えてあるので、これは決定事項だ」 「婚約の破棄……そうですか」  私は長年、私を自由にする「この言葉」を待っていたような、待っていなかったような複雑な気持ちが襲った。彼――殿下と出会ったのはお互い10歳のとき。  婚約者としで初めてお会いして、挨拶を交わした後。いきなりの頭痛と多くの記憶がよみがえり、私は目を見開いた。 (嘘、聖女の像が建つ噴水、色々な種類のバラと、バラのアーチ……って)  最近まで読んでいた小説「可愛い彼女」の、挿絵にあった庭園に似ている。   (もし、そうだとしたら私は死んでしまって、巷で有名な転生をした。……死んだ原因まではわからないけど。これが転生なら、私は誰に転生したの?)  庭園にふわりと吹いた風に揺られ、金色の髪が見えた。  ――あっ!  この金色の髪、もしや私は公爵令嬢のローリス・シャロレート。  じゃ前にいる緑髪の男の子は、私の婚約者、第一王子ミサロ・ドルタラス。 (小説の挿絵でしか顔は知らないけど、子供の頃は可愛い顔をしていたんだ……ちょっとタイプかも)  しかし、ここは小説の世界で、ヒロイン、私の妹中心の物語。私はヒロインの姉だけど脇役のモブ。彼に恋しても、彼とは結ばれないのだ。  ――だけど。  厳しく、慣れない王妃教育で泣いてしまった私に、ハンカチを渡して「ゆっくりでいい、自分の出来る範囲で頑張ればいい」と励ましてくれた。  優しい彼と笑って過ごし、ミサロ殿下を知るたびに、彼に惹かれていった。  今はこっちを向かず、そっぽを向いて紅茶を飲む殿下。  私はミサロ殿下が好きだった。  彼がこの小説のヒロイン、学年が一個下の妹のルルアと出会い恋仲になったのを見て、やはり叶わない恋だと知り、胸を痛めて涙を流した。 「わかりました、ミサロ殿下との婚約の破棄を受け入れます。いままで、ありがとうございました。……さようなら」  私はそう伝えて、微笑んだ。  この笑顔に、彼の眉がぴくりと動く。 「なんだ? 俺との婚約の破棄がそんなに嬉しいのか?」 「えぇ。これからあなたの執務、厳しい王妃教育ではなく、魔法研究に没頭できますもの。ミサロ殿下も好きの人と結ばれるのだから、喜んでください」 「そうだな、喜ばせてもらうよ」  これは最後の強がりだけど、嘘は言っていない。  魔法がある小説の世界に転生して、自分には膨大な魔力があると知った。  この魔法を使って妹に意地悪をするのではなく、自由に使いたいと思っているうちに、魔法へのめり込んでいた。 (ほんとうは、寂しさを紛らわす為だったけど、見事にはまったわ) 「あ、そうですわ。婚約破棄の書類とあとの事はすべて、ミサロ殿下にお任せてもいいのかしら?」 「ああ、父上、母上、公爵家の当主、弁護士との話がすみしだい。君の口座に慰謝料を振り込む」 「慰謝料? まあ、いただけるのですね、ありがとうございます。話はこれで終わりですわよね、なら私は帰りますわ」  私はソファから立ち上がり、ミサロ殿下の返事を聞かず応接間を後にした。帰りの馬車の中で泣くかと思ったのだけど、涙はとうの昔に枯れてしまったらしく、一粒も流れなかった。  それに。  ほんとうだったら、ミサロ殿下の愛するルルアをいじめたと国外追放か、魔物がでるスカーロンの森へ置いていかれる運命だったのだけど、物語は変わった。 (まあ、あの場に話をややこしくする、妹のルルアがいなくて良かったわ)
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