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風呂には浸からず、ガラスのシャワーブースへと入って、頭からぬるい湯を浴びる。この時間帯は満足に熱湯が出ないときもあるのだ。
ゴンッ。
とガラスに頭を押し付けた。
「あの人に、俺、夢の中でひどいことをしちゃった。ずっと我慢していたのに」
まだ、心と身体は昨日に置き去りになっていた。
幾らか抵抗したが、下半身の反応にやがて耐えきれなくなった。
そこに手を当てる。
はあっ、はあっと、荒い息がシャワーブースに響く。
数分後、要望の証拠は排水口に流れていった。だが、シャワーの湯で罪悪感までは拭いきれない。
「最低だ」
未だに火照る身体にバスタオルを巻いて浴室を出た。
ベットの上に放り出されている携帯は充電切れ間近。
昨晩、眠りに落ちる前に、乱入事件が記事になってないか何度も調べたせい。残念ながら何もヒットしなかった。
犯罪者でもいいから、彼女の名前が知りたかった。
「あ、楽譜と絵が学校に置きっぱなしだ。土日は入れないから月曜に取りに行かなきゃ」
自室を出る。
館は朝でも薄暗く、おどろおどろしい。
死神の住処にはちょうどいいのかもしれない。
なんせ、ここはメディチ家の別荘だったところで、部屋数は二百。
赤い絨毯が敷かれた廊下の端には、鈍色を放つ中世の甲冑。
続く赤と青の小花が散る色鮮やかな巨大な壺は、大昔の東洋の物。
そして、壁には大人三人が両手を広げても余る大きさの絵が飾られている。古代の戦車に乗る兵士、弓を構えた半裸の女神、そして、空では天使が楽しそうにラッパを吹き鳴らしながら舞っている。
でも、アンジェロはいつもうつむいて美術品の前を通り過ぎる。
絵は視界の端にも入れたくないのだ。
ゆるい螺旋階段を降りて、一階へ。玄関手前の食堂手前まで行くと、コーヒーの香りが薄く漂いはじめた。
テレビを付けているのだろう。天気予報を告げる女の声がする。
中に入っていくと、横長の机の端で四十代半ばの男が、天井から吊り下げたテレビをBGMにして、新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。
細身で針金みたいな手足と背中の長さが目立つ。
ロレンツォは少し視線を上げて息子の顔を確認。
探られているような気分になり目をそらす。
「ごめん。遅くなって。寝坊しちゃった」
アンジェロが椅子に座るとほぼ同時に、ロレンツォはテーブルの上に置いてあった車の鍵を無言で手に取る。息子の顔を見るためだけに、仕事に行くのを遅らせて待っていたらしい。
アンティーク番組の司会をしているから、周りからは派手好きで賑やかな男に見られているようだが、実際は違う。
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