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唇を噛み締めながら言うと、
「何をだい?」
とロレンツォがとぼける。
「だからっ、それっ!」
ロレンツォは膝の上に移動させた茶封筒を見つめる。
「ああ。これね」
取り出されたのは、分厚い紙の束だった。
『養子縁組解消の届出書』と書かれている。
隅には、アンジェロ・ディ・メディチとサイン済み。
しばし、目の前の男を見つめる。
テレビの画面越しどころか数十センチの距離で向き合っても人間味が感じられないので、家族がいるなんてピンと来なかった。
「つまり、養子に出ていかれたと」
「まあ、そのようだ」
ロレンツォが思慮深い探偵みたいに、組んでいた足を解き深い溜息をした。
「息子は二週間後に開催されるピアノコンクールに出ることになっていた。将来がかかった大きなコンクールだ。この届出書を出そうと思っていても」
彼はそこで言葉を区切り書類の束を指先で突く。
「その後に、と考えて―――」
いちいち演技がかった男だ。
食い気味で言い返してやった。
「のっぴきならない事情ができたんじゃねえの?」
「だから、そののっぴきならない事情とやらを調べて欲しいんだよ。ベアリング・キャット殿の腕は信用している。以前、代理の私に助け出された以降も手を休めること無く正義活動していたようだし」
「意味、わかんないね」
冷たく言うと、ロレンツォがまたにやりと笑う。
「アメリカ軍が中東に駐留していた際、秘密基地を見つけたのは君だった。砂漠地帯にランニング記録が無数にあるのはおかしいとヘルスケアアプリから辿ってね。ってことは、ああいうのって衛星回線を使ってるのかい?あとは、アフリカの母子虐殺動画だろうか。数秒の動画に映っていた山の稜線から、虐殺が行われた位置、部族の特定までしてのけた」
事実だが公表していない情報だった。
称賛などいらないからだ。
「どうやって調べた?そいつにやってもらえばいい」
「君が適任だ」
(その判断基準は何なんだよ)
内心で盛大に呆れる最中、ロレンツォがべらべらと続けた。
「私はベアリング・キャット殿の力を借りたい。あ、サライと呼ぶ方が親近感があっていいかな?」
急に、限られた身内しか呼ばない愛称を出されて鼻白む。
何者かに首を落とされ死んだ祖父。そして、自分が五歳のときに祖父に預けたまま帰ってこない母親。
ちなみに本名はジャン・ジャコモ・カプロッティ。
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