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ロレンツォが動いてくれないなら、彼に頼もうとすると、エヴァレットは話にならないというように彼は軽く首を降る。甲冑女が彼の背中に手を当てると、部屋から消えた。
鳥の巣のような頭をした男やアンジェロと同じく、彼も瞬間移動できる能力があるらしい。
「まあ、落ち着きたまえ」
携帯を弄り終わった死神がチョコレートを出してくれた。
続いて、カチャカチャと危なっかしい手付きでティーカップを準備しながら紅茶を。
口に含んでも味がしない。
「アンジェロのこと、どうするんだ?窃盗事件をやらかし、絵の警備をしていた人間だって撃たれている。最悪死んでいるかも」
一人がけソファーに戻った死神は、携帯画面から顔を離さず、片手で額の辺りをクルクルと巻く仕草を見せる。
「絵を盗んだのはドブネズミ。銃を発泡したのもドブネズミ。息子はやっていない」
「周りはそうは見ない」
「そんな者などいない。すべて秘匿とされるのだから。イザベラがそう手を打っている。破るなら、その者や企業は徹底的な締め出しをくらう。ああ、締め出しとは美術業界という狭い範囲を言っているんじゃないよ」
サライは、ロレンツォの息子という特権を全て投げ出したくせにまだ強固に守られているアンジェロという男がそろそろ憎たらしく思えてきた。
「さあて。間もなく、隣の部屋の家主が帰って来る頃かな。さあ、彼に君を預けるよ。私はこれから不在にするからね」
「ちょっと待てよ。あんたが、イギリスまで僕を連れ出したんだろ。途中で放棄して他人に任すな」
「警戒しなくていい。君の知らない相手じゃないし、向こうは君のことをよく知っている」
「じゃあ、あんたはこれから何をする気だ?もう一仕事って言っていたけど。テレビの収録があるとか言わねえよな、こんなときに」
「息子と向き合う」
声はいつものおどけた調子では無かった。
大げさなことを言えば、別人と思えるぐらい。
死神はズンズンと廊下を進んでいき、やがて立ち止まった。
「ここで私のベビーシッターは終わりだ。次は、中にいる男がする」
と言うと、サライの身長に合わせて中腰になり、空洞の双眸で見つめてきた。
「最後に、君に頼みが在る」
双眸には引きずり込まれそうな闇が広がっている。
そして、死神の全身からは、サライが床にのめり込みそうな強さのどす黒い圧。
「アンジェロはね。私とバーントの死神が同一人物であることを知らない。何があっても、内緒にしてくれないか」
(あんた、実は本物の死神なんじゃねえの?)
反発したい気持ちを抑えて黙って頷く。
震えを抑えるので、精一杯だったからだ。
「いい子だ」
死神が、サライを人形を操るみたいにくるりと回転させる。
「男と男の約束、いや、人間と死神の約束だ。万が一、破ったら」
サライの喉元に何かが回る。
側にあるだけでひんやりとした質感があるそれは、三日月型した刃物。
死神の鎌の穂先がほんの少しサライの喉にめり込んだ。
「……っ」
鋭い痛みが走る。
刃物はハリボテじゃない。よく研がれた本物だった。
そして、脅しも本当なのだろう。
死神は、さっと鎌を上げる。
そして、骨だらけの手で扉の取っ手を回し、サライの首の根っこを子猫みたいに摘んで部屋に放り投げた。
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