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(くそ。何でこうなる)
油断すると勝手に瞳の周りが濡れそうになる。
傷ついていることをくせ毛男にバレたくなかった。
(こいつの誘いには乗らず、コンクールで優勝し副賞を得るという手堅い路線を選ぶべきだった。失敗した。この先どうしよう。今、こいつから離れたら、俺は警察行きだ。そうしたら強盗って前科も付くだろう。でもまあ、父さんの元に戻るよりはいいのかもしれない)
彼に心臓を撃たれた警備員二名はおそらく即死。そっちの罪も多少は影響してくるはず。死体は見慣れているので、彼らの死を怖いとも可哀想とも思えない。
昔の劣悪な環境のせいで、未だに感覚が麻痺しているからだ。
(警察に行かないなら、このまま俺は飼い殺し)
これでは、父親に飼われていたときと何も変わらない。
(なんで、この男の手を取ってしまったんだろうなあ)
激しい後悔に襲われていると、くせ毛男は、
「おい、お前、泣いてんのか?最高の復讐劇にしてやったっていうのに」
とアンジェロの背中をバンバン叩きながら言い、
「分かった。親離れが寂しんだな?そのうち、慣れる。元気だせって!ご褒美やるからさ」
と猫撫で声を出す。
いつものパターンだ。
こうやって毎回騙されてきた。
どうせくだらないものだろと思っていると、第三者の気配。
顔を上げると、
「青いドレスの女の人?!」
フィレンツェの音楽学校の練習室で切りかかってきた女が、バスケットに男の複数の頭部を詰め込んだ状態で立っていた。
やはり、怖いとは思わなかった。
そんなものは子供の頃から見慣れていたからだ。
「アンジェロの隣に座れ」
くせ毛男が命令する。
だが、青いドレスの女は黙って突っ立っている。
「はあ?何だ、その態度」
すると青いドレスの女は、眼球だけ動かして汚い床を不満げに眺める。
「ったく、これだから、お嬢様はよう」
くせ毛男はゴミの山から馬蹄の柄の黄色とオレンジの派手なスカーフを探し出してアンジェロの隣に敷いた。
青いドレスの女がストンと腰掛ける。
こんな状態なのに、肘が触れそうな距離感といい匂いに、全身がきゅっと痺れる。
「お?二人並ぶと似合いじゃねえか。美女と野獣って感じでさ」
くせ毛男が数歩離れて二人を見る。
アンジェロは、鼓動の速さを感じながら膝を抱えた。
再び、後悔。
(なんで、この男の手を取ってしまったんだろうなあ)
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