第三章

2/30
前へ
/115ページ
次へ
(くそ。何でこうなる)  油断すると勝手に瞳の周りが濡れそうになる。  傷ついていることをくせ毛男にバレたくなかった。 cf1c92b8-dfaa-43c9-bfe8-e64ff91983a0 (こいつの誘いには乗らず、コンクールで優勝し副賞を得るという手堅い路線を選ぶべきだった。失敗した。この先どうしよう。今、こいつから離れたら、俺は警察行きだ。そうしたら強盗って前科も付くだろう。でもまあ、父さんの元に戻るよりはいいのかもしれない)  彼に心臓を撃たれた警備員二名はおそらく即死。そっちの罪も多少は影響してくるはず。死体は見慣れているので、彼らの死を怖いとも可哀想とも思えない。  昔の劣悪な環境のせいで、未だに感覚が麻痺しているからだ。 (警察に行かないなら、このまま俺は飼い殺し)  これでは、父親に飼われていたときと何も変わらない。 (なんで、この男の手を取ってしまったんだろうなあ)  激しい後悔に襲われていると、くせ毛男は、 「おい、お前、泣いてんのか?最高の復讐劇にしてやったっていうのに」 とアンジェロの背中をバンバン叩きながら言い、 「分かった。親離れが寂しんだな?そのうち、慣れる。元気だせって!ご褒美やるからさ」 と猫撫で声を出す。  いつものパターンだ。  こうやって毎回騙されてきた。  どうせくだらないものだろと思っていると、第三者の気配。  顔を上げると、 「青いドレスの女の人?!」  フィレンツェの音楽学校の練習室で切りかかってきた女が、バスケットに男の複数の頭部を詰め込んだ状態で立っていた。 2b7cbc76-83ec-4749-8b73-78af9c200208  やはり、怖いとは思わなかった。  そんなものは子供の頃から見慣れていたからだ。 「アンジェロの隣に座れ」  くせ毛男が命令する。  だが、青いドレスの女は黙って突っ立っている。 「はあ?何だ、その態度」  すると青いドレスの女は、眼球だけ動かして汚い床を不満げに眺める。 「ったく、これだから、お嬢様はよう」  くせ毛男はゴミの山から馬蹄の柄の黄色とオレンジの派手なスカーフを探し出してアンジェロの隣に敷いた。  青いドレスの女がストンと腰掛ける。  こんな状態なのに、肘が触れそうな距離感といい匂いに、全身がきゅっと痺れる。 「お?二人並ぶと似合いじゃねえか。美女と野獣って感じでさ」  くせ毛男が数歩離れて二人を見る。  アンジェロは、鼓動の速さを感じながら膝を抱えた。  再び、後悔。 (なんで、この男の手を取ってしまったんだろうなあ)
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加