第三章

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 でも、いつも見ない振りをしてきた。  そういうことは器用にできるのだ。  自分は、どうしようもなくずるい人間だから。  絵は嫌い。  その気持ちだけは正直だったはずなのに、スケッチブックの女のせいでそこすら曖昧になりつつある。  認めたくないけれど。  新たなギャラリー達は大声で喋り続ける。 「見た目はあんなんだけど、いい身体してんのよ。背だけは高いし」 「少しクセの入った濃い焦げ茶色の髪がいい感じ……かも?」  下衆な品評が、アンジェロを独りの世界から引き戻す。 7ecd7cc3-24c6-49a9-918c-8032682729d2 (勝手に補正が入っているだけだろ)  父親は、莫大なコレクション所有している。  件の絵を競り落とすことができたならば、さらにコレクターとしての地位は高まり、相続人は今のところ一人息子の自分だけ。  見るからに女慣れしておらず、冴えない自分は格好の餌食というわけだ。  普段なら、「俺に構わないでくれよ」という態度でピアノを弾き続け、無視を決め込むのだが今日は、 「俺、家なんて継ぐ気はないけれどっ!」  独り言のふりして大声を出していた。  指が鍵盤から離れると、最近は、途端にイライラしだす。    オークションまであと数日。きっと父親は競り勝ち、館にコレクションが増えるからだ。そして、自分の周りは今以上にうるさくなる。  でも、怒りの根幹はそこじゃない。 「やだ、怒った!!あはは、ウケるぅ!!今日は退散しよっか」 「じゃあね。アンジェロ。そのうちデートしてよ。セックスでもいいけど」 と彼女らは笑いながら防音扉を閉める。 6d03813a-d8d0-48ec-8e9c-81904ec14880  ようやく廊下が静かになり、グランドピアノに突っ伏す。 「デートとかセックスとか、簡単に言わないでくれよ」  望めばできるだろう。  それも、父親の財力を傘にやりたい放題。  でも、そんなことをする資格は無いと思っている。  それは、倫理上の問題では無く、簡単には人に言えない過去のせい。 「俺がメディチ姓でなくなれば、あんなの蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。もうちょっとの辛抱だ」  ピアノのコンクールが間もなく。  今まで挑んできた中で一番大きい規模で、世界中からエントリーがある。  でも、負ける気はしなかった。  自分がのめり込んでピアノの練習をしたところで、誰も死なないのだから。  優勝者には盾。そして、破格の副賞。  これまでそんなものに興味は無かったけれど、今回はどうしてもそれが欲しい。  そうすれば、一人でも生きていける。 「ずっと一人で」  衝動的にピアノの椅子から腰を上げ、紙の中の女へと顔を近づける。
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