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でも、いつも見ない振りをしてきた。
そういうことは器用にできるのだ。
自分は、どうしようもなくずるい人間だから。
絵は嫌い。
その気持ちだけは正直だったはずなのに、スケッチブックの女のせいでそこすら曖昧になりつつある。
認めたくないけれど。
新たなギャラリー達は大声で喋り続ける。
「見た目はあんなんだけど、いい身体してんのよ。背だけは高いし」
「少しクセの入った濃い焦げ茶色の髪がいい感じ……かも?」
下衆な品評が、アンジェロを独りの世界から引き戻す。
(勝手に補正が入っているだけだろ)
父親は、莫大なコレクション所有している。
件の絵を競り落とすことができたならば、さらにコレクターとしての地位は高まり、相続人は今のところ一人息子の自分だけ。
見るからに女慣れしておらず、冴えない自分は格好の餌食というわけだ。
普段なら、「俺に構わないでくれよ」という態度でピアノを弾き続け、無視を決め込むのだが今日は、
「俺、家なんて継ぐ気はないけれどっ!」
独り言のふりして大声を出していた。
指が鍵盤から離れると、最近は、途端にイライラしだす。
オークションまであと数日。きっと父親は競り勝ち、館にコレクションが増えるからだ。そして、自分の周りは今以上にうるさくなる。
でも、怒りの根幹はそこじゃない。
「やだ、怒った!!あはは、ウケるぅ!!今日は退散しよっか」
「じゃあね。アンジェロ。そのうちデートしてよ。セックスでもいいけど」
と彼女らは笑いながら防音扉を閉める。
ようやく廊下が静かになり、グランドピアノに突っ伏す。
「デートとかセックスとか、簡単に言わないでくれよ」
望めばできるだろう。
それも、父親の財力を傘にやりたい放題。
でも、そんなことをする資格は無いと思っている。
それは、倫理上の問題では無く、簡単には人に言えない過去のせい。
「俺がメディチ姓でなくなれば、あんなの蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。もうちょっとの辛抱だ」
ピアノのコンクールが間もなく。
今まで挑んできた中で一番大きい規模で、世界中からエントリーがある。
でも、負ける気はしなかった。
自分がのめり込んでピアノの練習をしたところで、誰も死なないのだから。
優勝者には盾。そして、破格の副賞。
これまでそんなものに興味は無かったけれど、今回はどうしてもそれが欲しい。
そうすれば、一人でも生きていける。
「ずっと一人で」
衝動的にピアノの椅子から腰を上げ、紙の中の女へと顔を近づける。
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