第一章

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「却下。調べるのも、愛称で呼ぶのも」 「なかなか言いださないねえ。サライ」 1dad2c82-9fbf-4f17-839a-ddcc36c0499d  却下だと言ったのに、勝手に呼んでくる。  何て性格のねじ曲がった大人だ。  ロレンツォが今度は身体を起こし、アルミの机に肘を尽き頬をそこに乗せる。  とてもつまらなさそうだ。 「涙と鼻水を垂らして、僕は無実だ。ここから出してくれってみっともないセリフを聞きたいんだがね、私は」 「無実だと何度も言った。警察が僕を犯人だと決めつけるなら、裁判で闘う」 「国を相手取るというのなら、貴重な時間がどれほど無駄になるのやら」 「うるさい」 「助けに来たんだから、頼ればいい」 「帰れ。あんたの依頼なんて受けない。今よりもっと最悪な状況になるのが目に見えている」 「やれやれ。さっき、やるって言ったばかりなのに。いいねえ。揺らぐ心。警戒心。下手に出ない気位の高さ。その顔のせいでこれまでよっぽど嫌な目にあってきたんだろう。メガネを取って前髪を上げればビスコッティも驚くほど、ビョルン・アンドレセンの生き写しだもんなあ、君は」 「ビスコ……何だって?」 「もしかして知らない?うわあ、時代を感じるなあ。ビスコッティは映画監督。ビョルンは世界一の美少年って謳われた俳優だよ」  ブツッと鳥肌が立った。  褒め言葉は危険だ。  そういう奴は褒めさえすれば、相手を物みたいに遠慮無くベタベタ触っていいもんだと思っている。 「どうでもいい」 「どうでもいいなら、金に染めてわざと傷ませた髪で目元を隠し、度の強いセンスのかけらもない黒縁メガネを何故かける?極めつけは仕事だ。家から一歩も出ることなく犯人を追い詰めるなんて、日の当たらない地中で穴掘りにはげむモグラと変わらない」 「あんたには関係ない」 「表に出ると、顔を煩いぐらい褒められる嫌なのかい?気にしなければいい。そうすれば世界は広がる。選べる職種だってね」 「どうでもいいって言ってんだろうがっ!」  すると、ロレンツォが破顔。 「そう言いつつ、君はその顔に盛大に振り回されている。自分の尻尾を追い回す猫と変わらない」 「ロレンツォ公っ!あんた、僕に仕事の依頼に来たのか?嫌味を言いに来たのか?どっちなんだ?」  すると、ロレンツォは「若者はせっかちだねえ」と言いながら席を立つ。  サライは、怒り狂ってガラス窓をバンバンと叩いた。  看守が飛んできたって、もう構わない。 「あんたの依頼を受けるにしたってパソコンどころか携帯も無い。看守に金を握らせて差し入れさせる気か?」
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