第三章

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というように、 一欠片の肉もない骨の手をこちらに振ってみせた。  余裕たっぷりなこの死神は、アンジェロが住まわせてもらっている館の同居人だ。 c5ee0642-31d0-4b64-9a75-9c88ea26ed14 「あの、俺、今、ちょっとっ、大ピンチでっ」  だから、助けてと言う前に殺気を感じて振り返ると、女が間合いを詰めながらまた剣を振り上げていた。  もう逃げ場がない。 (俺、さっきの椅子みたいに、身体を真っ二つに割られるのかな)  痛みを想像すると、女に斬られる快楽がそこに混ざる。  きつく目を閉じると、頭上で、キイィィィィンと鈍い打撃音がした。  見上げると、死神が鎌で細い剣を受け止めていた。  女がググッと死神を剣で押し、そこから一旦、飛び上がって後退すると、今度は、姿勢を低くしてこちらに向かってきた。  また、アンジェロを狙っている。  身体を丸めてガードする以外、何もできなかった。  だが、痛みはやってこず、代わりに、ガンッと鈍い音が練習室に響いた。  見ると、足元に鎌を振り下ろされ、広い刃が盾の代わりとなって剣の侵入を防いでいた。  女の顔は少し歪んでいた。  剛腕にも痺れが走ったようだ。だが、口元には「面白い」というような上から目線の笑みも浮かんでいた。 e8b61206-a029-4206-882e-5577e78cd1fc  その一瞬を、剣撃を終わらせるチャンスと死神は考えたらしい。美女を鎌で突き飛ばすと、床に座り込んで立てずにいるアンジェロの腹部に急に腕を回してくる。  まるで土に埋まった蕪でも引っこ抜くかのようにアンジェロを片手で抱きかかえ、グランドピアノの上へ。  大柄な青年と巨大な死神の重量に耐えるよう作られていないピアノは、ギシギシと軋んだ音を立てる。  あっけにとられているアンジェロの背後から、死神は鎌を伸ばして女を威嚇しつつ、ダブダブのローブの袖の端でアンジェロの身体を包む。  そのままグランドピアノの蓋の上を慎重に後退した。 「な、何する気っ?!」  返答は無く、変わりにその場で飛び上がってぐるんと一回転。  ガシャーンと派手に何かが割れる音がする。  やがて、空調の効いた練習室とは明らかに違う、生ぬるい風を肌に感じるようになった。  包まれたローブの隙間から、夕方の街が見える。 「ここ、五階っ!?」  景色が上から下へと物凄いスピードで流れていく。  死神がアンジェロを抱いていた腕を離した。そして、どんと横に突き放す。  落下が加速し、どんどん地上が近づいてくる。  もう石畳が目の前だ。  アンジェロと並走して落下する死神の間を、割れたガラスが夕日を反射しながら刃のように落ちていく。  そして、奇跡みたいに地面すれすれで落下が止まった。
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