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死神が、アンジェロは身体を抱えたのだ。今度は急上昇が始まる。
逆さまにフィレンツェ市内の明かりが見えていた。
死神が片方の手をアンジェロの背中に添え、もう片方の手を膝の下に入れ、いわゆる姫抱っこスタイルで抱きかかえていた。
……何て、姿だ。
青いドレスの女はどこにも姿が見えなかった。追ってくる気は無いようだ。
それが、何故か残念に思えた。
まず、安堵を感じるべきなのに、プシュンと頭の中の沸騰が弾けてしまったような気分。
「あ。えっと」
死神に何か言おうとしても、言葉がうまく出てこない。
「俺……助かった?」
死神は黙って北に向かって飛び始める。そちらは、住まわせてもらっている館がある方向だ。送っていってくれるらしい。
遠くからウォンウォンという犬の吠える声が聞こえ、それが、ゆっくりと現実を連れてきた。
「さっきの女の人、何だったんだろう?」
アンジェロの恩人は、さあというように肩をすくめただけだった。
「ものすごく俊敏で、剛腕だった。まるで人じゃないみたい。死神さんは、彼女のことを知っているの?」
また死神は、さあ。
足元にはフィレンツェの茶色い街並み。
四月の夕方の肌寒い空気。
昨日と何も変わっていない。
死神に抱えられて剣を振りかざしてきて襲ってきた女から逃げている自分だけが、ちょっと日常から外れてしまっていた。
「あのさ。名前を教えてくれない?ずっと聞きたかった」
なぜなら、これまで死神と会ったのは夜中で自宅の中だけ。それもほんの数分。
彼は何のリアクションも示さないが、ちょっと困っているように見える。
「もしかして、名無し?」
死神は首を振った後、アンジェロを肩に担いだ。そして、片腕を自由にする。
一瞬、ヒヤッとした。なぜなら、眼前には鎌。
背中を覗き込むと、両手を自由にするために背中にローブと同じ色の紐がたすき掛けされていて、鎌はそこに固定をしているらしい。
死神の骨だらけの指が、宙にアルファベットを描く。
「B、e、r、n、t。バーント?」
すると、死神が頷き、パンパンと胸元を叩く。それが自分の名前だと言いたいようだ。
「じゃあ、バーントの死神さんって呼ばせてもらおうかな。助けてくれてありがとう。その、昔からの分も含めて。感謝しているんだ。笑わずに側にいてくれただろ?」
礼を言うと、気にするなというように、バーントの死神が肩をすくめた。
その仕草が渋くて格好いい。
やがて、自宅の真上までやってきた。
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