【全ページ挿絵付き】脇役サライの華麗なる転身 ～とある絵描きとバスケットいっぱいの頭部について～

第三章

　アンジェロは窓辺に駆け寄る。

「うわあ。本当に飛んでいる。でも、ここに住んでいるはずなのに、どこに行く気？」

　死神のローブがフィレンツェの夜空に完全に溶けた後、アンジェロはしばし、放心。

「何だったんだろう。さっきまでの出来事」

と言いながらベットに戻る。

　そして、バタンとそこに倒れこんだ。

　いきなり練習室に乱入してきて、自分を襲ってきたスケッチそっくりの青いドレスの女。

　初めて館以外の場所に現れて命を救ってくれた死神。

　程なくして、階下の玄関を開ける音が開けっ放しの窓から聞こえてきた。フィレンツェ市内にあるオフィスから父親が帰宅したようだった。

　その夜、夢を見た。

　卑猥な夢だ。
　青いドレスの美女を押し倒して、事に及んでいる。

　一方的なその行為は、最初は途方もなく気持ちが良かったが、女が一向にアンジェロを抱き返してくれなくて次第に虚しくなった。

　どこからか、

「無理、無理。その不出来な顔面じゃ」

　聞きたくもない声が聞こえてきた。

　柔らかさの中にざらつきが混ざる男の声だ。

　夢はスナック菓子の袋が散らばる汚い部屋へと変わる。

　絵筆を持たされカンバスがかかったイーゼルの前に立つ汚れた姿の子供らが数十人がいる。

　皆、恨めしそうな目でアンジェロを見ている。

　部屋の奥では、伸ばし放題のくせ毛の痩せ枯れた青年が、前かがみに椅子に座って厚ぼったい前髪の隙間から鋭い眼光でこちらを見ていた。　

　しんどいときに見るお決まりの夢だ。

　二週間後に控えたピアノコンクールがプレッシャーになっている証拠だ。

　ここでアンジェロは、はっきりと覚醒。

　何度か落としたせいで割れてしまった携帯画面で時間を確認。

「やばいっ！」と布団を跳ね上げる。

　今日は土曜日。学校は無いのだが、階下の食堂で父親が朝食を作って待っている。

　ゴミ箱を狙って捨てたはずなのに、床には丸まったティッシュが幾つも散らばっていた。

　誰に見られたわけでもないのに、昨夜の感情の高ぶりの名残が身体に現れ、さっと顔が赤くなる。

　急いでそれをゴミ箱に捨てて、寝室の隣りにある浴室に向かう。

　青いモザイクタイルで月や太陽が描かれたそこは、素材は紀元前のものを使っているらしい。