第一章

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「何、言っているんだい?私は君をわざわざ迎えに来てやったんだよ」 「僕をここから出すって?十二歳のときみたいに簡単には出来ねえと思うぞ」  すると、ロレンツォが冷ややかな声で、 「私を誰だと思っているのだね?」  これは、ロレンツォがアンティークショーで使う決めセリフだ。  いつも、ここぞというシーンでだけ使う。  そして、大いに聴衆にウケる。  でも今は、観客はサライ一人だけ。  ロレンツォは、そのまま面会室の扉に向かう。 「おい!おいって!」  問いかけてもロレンツォは立ち止まることなく、聞こえてきたのは扉が閉まる音。  サライはあっけに取られる。 61fe362f-ad17-49ff-b72b-00530d8ee4f4  十秒ほど過ぎても、ロレンツォが戻ってくる気配は無い。 「ふ、ざ、け、ん、なっ!!」   怒りが込み上げてきて、言葉の数だけ、アルミの机に額をぶつける。 「結局、冷やかしか?!」  この事件は国中が注目している。  いくらロレンツォに権力があったとしても、今回ばかりは無理。  事が大きくなりすぎている。  自分は世間から見たら残酷な猟奇的殺人犯で、それにはこの顔が一役も二役も買っている。  色んな場所から届く頭がいかれた女らからのファンレター。無実を信じているから幾ら添えたと手紙に書かれていても、現金は全部看守が抜いてしまう。 「ふ、ざ、け、ん、なっ!!」  もう一度頭を打ち付けると、看守が慌ただしくやってきてサライを立たせた。 「あったけえ」  未成年収容所を出ると、外を吹く風は春の温度だった。 a65d9f8e-21af-46b6-8d0b-76b7f407603c  捕まったのは、まだ寒い三月の初め。今は四月の半ば。 「まるでワープした気分だ」  サライはまだ手錠の感覚が残る手首をさすりながら歩き出す。  服は支援団体から寄付されたもので、ズボンがでかい。シャツは薄っぺらく春の気温にはちょっと寒い。  所持金は無し。持ち物も無し。  警察がやってきたとき、数字が書かれた紙切れを持っていたはずなのだが、それはどこにいってしまったんだろう。 「あんなの意味無かったけどな」  ギリッと奥歯を噛む。 「そんでもって、こんな釈放の仕方、ねえだろうがよっ!」 と叫ぶと、背後からゆっくり回るタイヤの音が聞こえてきた。  サライを追い越して少し先で止まったのは黒光りする車で、運転席でロレンツォがハンドルを握っていた。 445c625b-ed99-4bcf-9f37-ae74a506b469  窓が開く。
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