1話:まだこの恋は。

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1話:まだこの恋は。

 私は朝木(あさき)クレナ、大学三年生。  高校のときに「双葉(ふたば)タケヒロ」という冴えない、でも優しい人を好きになった。  自分だけが見つけた一輪の向日葵のように思っていたけど、その魅力に気づいている人は少なくなくて。それも、幼馴染でもない横入りの私は明るい人間でもなくて、かわいい女の子と付き合った。  最後に勇気を出して伝えた告白は、「大好きな人がいるから」と当然の答えに潰されて。  私の小さな恋は、壮大な想いを置いて、春風に、静かに、誰も気に留めないような儚さで吹き飛んでしまった。  それから自分には勉強しかないと思って受験勉強に励み、アルバイトと資格勉強、大学の試験をこなしながら、友人と楽しく生きていた。  恋はするつもりがなかったけど、今思えば砕けた想いの欠片を集めて糊とテープで固めて、まだそのときの恋は終わってないと言い聞かせていたからだろう。  私は計画的に生きよう、努力して報われる生き方を選ぼうと考えるようになっていた。六月からは正式なインターンシップ情報の公式ページ上の解禁ということで、大学三年生の五月末インターンシップの企業合同説明会に参加しようと聞けたのだが。 「あ、ごめん。実はその日はバイトなんだ」  普段一緒に講義を受けたり遊んだりする友人はみんな予定があるらしく、私は一人で説明会に行くことになった。  まず、私服とか講義終わりに寄り道感覚とかで参加してもいいと言われても、開催側は何度も経験していても私たち大学生からすれば、雰囲気もマナーも全く知らない。  女性はスカートやすっぴんに関してはよくないって聞いていたから避けた。  でも化粧あまり得意ではないし、おしゃれのためではなくて上品に見せる化粧なんて習っていない。 「場所は、」  展示場。  駅から徒歩十分と書いてあるが、まずどの改札口かよく分からない。  同じような高層ビルも、伸びて入り乱れる道も、学生を追い詰める恐ろしい魔物のような気がした。 「はあ、もう帰りたいよ。これが最初の就活イベントだったから来ているけど、右も左も分からない」  スマホに頼ってようやく会場に着いた。  六階と七階でイベントをやっているらしい。 「六階は複数のブースで説明会をして、七階は就活の進め方と時間かけて紹介したい企業の説明か。一回しかやらないみたいだから」  受付をすると各ブースでどの企業が説明会をしているか、どの業種が固まっているのかがマッピングされている資料を配布された。  説明を四つ以上聞くと電子ギフトがもらえるらしい。  また、七つ以上でさらに電子ギフトがもらえる。   「って、もう時間。七階に急がないと」  三十分ほど説明を聞いた。  どんな企業か、この先どんなイベントを開催予定かを一般的な就活生を例に紹介し、これからどのように動けばいいか解説してくれた。  その後、六階のブースに行くと盛り上がっているブースや整理券を配っているブースもある一方で、就活生に声をかけて口頭で会社紹介をしているブースもある。  いろんな企業を聞くと知らない言葉が多く非常に疲れた。  途中から電子ギフト目当てで聞いていて、チラシやパンフレットの中の説明を除くとほとんど覚えていない事態となってしまった。  説明会の終わりが近づくと、開催の代表がマイクを持って学生を誘導している。  次回の合同説明会イベントと電子ギフトを受け取る流れの話をしていた。  疲れた、今日はゆっくり休もう。  流れに身を任せて電子ギフトの交換の受付を待っていると、 「え。クレナ?」  聞いたことのある声が聞こえてきた。 「覚えている? 俺だよ、タケヒロ」  運命だと思った。  でも。  一度終わった恋なのだ。 「覚えているわ」 「就活イベントで会うなんて。あとでちょっと話さない?」 「いいけど、久しぶりだね」 「ああ。びっくりした」 「私の方こそ。でもいいの? 彼女さんに怒られない?」  彼女というのはキラキラしてかわいくて、タケヒロ君が選んだ女の子のことだ。  私を含む少なくとも五人の女の子はタケヒロ君を好きで、アピールしながら高校生活を過ごしていた。  みんな仲良しだったけど、四人は振られて、一人は選ばれてから気まずくて話すことがなくなった。  彼女は今、幸せだろうか?  どんな風にタケヒロ君と過ごしているのだろうか。 「いないよ」 「え?」  タケヒロ君の消えそうな弱々しい声に驚いてしまった。 「三か月前に振られた。バイト先に好きな人ができたって。前々から俺の態度が気に入らなかったって」 「あ、その。ごめんなさい」 「それよりもごめん。ちょっと話したいって言ったけど、断ってもいい」 「私は彼氏いたことないし、今から用事もない」 「そっか」  タケヒロ君が元気をなくしてしまった。  傷つけてしまった。  けど、これって。  言っちゃえ、私。 「ちょっと話してもいいけど」  身体が熱くなる。  耳に髪をかけて手で扇いでみる。  列が進んで、一瞬タケヒロ君から目を反らして列に追いつく。  タケヒロ君も顔を赤くしていた。 「でも私、まだタケヒロ君が好きだよ?」  言っちゃった。  でもタケヒロ君はフリーなのだ。  だから、最後のチャンスかもしれない。  諦められない、本人を目の前にすると大好きで仕方ないのだ。
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