かけがえのない一冊

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 終日、曇天だった。おかげで、商店街のアーケードが更に暗がりを広げ、ただでさえ気分が沈むところに拍車をかけていた。  歩くのも無意識で、下をろくに見ていないものだから、私はそれを蹴飛ばすまで気付きもしなかった。爪先から小さな鈍い音がたつと、軽い衝撃が脚に走ると同時に、何かが乱暴に転がる音がした。  薄汚れたタイルの道に角をぶつけながら、擦り傷を負うような滑りを見せて止まった、一冊の紙の束。片側で縫い合わされている様子からして、本なのだろう。しかし見た目は、お世辞でも美しいとは言えなかった。  周囲を見回しても書店はなく、道の真ん中ではまた蹴飛ばされるだろうと、触れるのに少々気が引けるのを抑えてそれを拾った。本当なら、道の隅に置いて帰るつもりが、私はどうもその本に気を引かれた。何せ、くすんで全て読み取れないタイトルに唯一“LEGEND(伝説)”という文字が見えたからだ。  ページは、木の皮を何枚か集めて張り合わせ、やっと一枚に仕立て上げているのだろうか。一ページに、たくさんの繋ぎ目があった。それが幾多も嵩張っているのだが、ただの杢目で占めている。縫われている部分からは、蔓が飛び出していた。と、ふわりとした手触りのものが飛び出しているのが見え、何が挟まっているのかと開いてみる。  その拍子に、大小の二枚の白い羽が、綿羽を微かに揺らした。ハトやカラスのものではないそれらは、光沢を持った幻想的なものだった。そこからの輝きに導かれるように、私は、目に飛び込んだ一文に暫し時を止められた。
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