第一話

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   そしてどうなったかと言えば、結局帰れなくなった。食い物は恐ろしい誘惑だ。  俺は仕事も同じテーブルで、ほぼ一日中その椅子から動かなかった。ピンク頭が全く邪魔してこなかったので。寧ろ茶を淹れてくれたりなどしてくれたので。  仕事は今までになく捗った。  彼は買ったばかりのホットプレートを試したかったようだ。食事中は俺以上に上機嫌だった。  一日中甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれたその男との別れ際は呆気なかった。 「また来てね、マサチカ」  マサチカ? 誰の事だ? まさかと思うが、俺の事?  目の前であっさり扉が閉められた。追い出された感があった。  俺は部屋番号を確認、共用廊下で途方に暮れる。進めども同じ扉が並んでいる。新築高層マンションにいることはわかる。さっき部屋から窓の外を見た限りではピンク頭の言う通り会社に近かった。外に出ればどうにかなるが。  どうやって出るんだこのマンション…        わかりにくい場所にあったエレベーターで降り、漸くマンションから出ることができた。  部屋番号は十八階だったな。どの辺だ? と今までいた場所を仰ぎ見た。  既に辺りは暗くなっていた。一日中ここにいたことになる。  電話が鳴った。知らない番号だが、反射的に受けた。 「次はいつ来る?」  俺はここ最近で一番、脱力した。俺は個人情報を取られたが、ピンク頭の名前すら聞いてなかったことに気づきながら、 「来週末」 と答えた。
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