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疑問に持ったら終わりだ。
俺はその男に清々しく餌づけされていた。
酷い食生活が二年ぐらい続いていた。そろそろ倒れるだろう、寧ろ倒れてしまいたいと思っているぐらい心身ともに枯れていたんだ。そんな時だったから直ぐに絆されてしまった。
しかも、飯が美味いだけじゃない。
食事の後は広々とした風呂に入り、いい匂いに包まれながら後ろ髪を引かれるように出る。
それから部屋で待っている彼と二人で少し話をして、それぞれの部屋に行く。
寝るときの俺は客室を宛てがわれていた。
つまり今の俺はなんと、この家で年下男の世話を受けて寝泊まりしていた。
時々母親が泊まりに来るらしいその部屋はアンティークの家具と調度品で満たされていた。壁に飾られた風景画、見たことのあるようなないような鳥や植物に苺が描かれたタペストリー、印を結んだ仏像、象の置物、裸の女が胸を突き出している塑像のようなもの、これまた見たことのあるようなないような意匠のベッドカバー。そして俺自身含め部屋全体に調和が皆無だった。
どんな母親?
色々疑問は尽きないが、疲労が溜まった身体にスプリングベッドはある意味毒で、俺はいつも気絶するように寝入るのだった。
朝起きて彼が用意した食事を摂って、ラップトップを開き仕事モードに入ってソファで黙する俺の隣に座り、何を言うでもない、彼の方は本を読んだり映画を見たりして過ごす。
彼からはいつも良い匂いがする。匂いの源を確かめたいがそうもいかず。気になるからちょっと退けと言うのは自意識過剰のようだし、大前提としてここは俺の家ではない。どう考えても退くのは俺。
顔を少しでも動かそうものなら、ピンク色した綺麗な髪に触れそうになる。いつかいつの間にかそれぐらいの距離にいる。
だから仕事に集中するしかない。余計な事を考えないように。
そうすれば没頭出来た。
昼飯の後は仕事をしている内にいつの間にか意識が飛んでいて、数十分の午睡を取っている。
何かが落ちる音で起きれば、隣で彼も寝ている。
本が落ちている。フランス語の教本だ。俺は本を拾い、彼を覗きこむ。
彼はかなり整った顔をしている。美人と言うに相応しい。ピンクのウェーブがかった髪が騒がしく邪魔しているし、どう見ても男なのだが。
いつからか、そういう雰囲気になりそうなのを必死に回避する俺がいた。
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