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「待って」
ある土曜の夜の別れ際に、珍しく俺を引き留めて坂巻が言った。
「ケーキがあるんだ。持って帰ってよ」
「ケーキ?」
「昨日あんたが来る前に焼いたんだ。二つ作ったから、一つあげる」
そして白いケーキ箱を持たされた。それはずっしりと重かった。この真新しい箱はどうやって用意した? わざわざ買った?
「あ、有難う?」
「感想頂戴。じゃあね」
別れ際、手を振るその時も坂巻は相変わらずピンク色のカツラを被っていた。
もう色々とバレているのに何で被る?
疑問は増すばかりだ。しかし、俺は断固として訊ねない。意地でも聞かない。
地上まで降りてきた。
マンションのゲートを出て、冬空の下、俺はさっきまで寛いでいた部屋のある上階を見上げた。
数時間前に食った鍋は美味かった。伊勢海老まるごと、帆立は殻ごと入っていた。鮭も鱈も身が大きく食べ応えがあった。それは今まで見たこともないような立派な海鮮鍋だったんだ。電気鍋を使いたかったのだそうだ。
食べるだけの俺に向かって、坂巻は得意げに言った。
「年末の市場はとっても楽しいんだよ!」
デザートはバニラアイスだった。あれも自分で作ったと言っていた……。
そして土産まで。ホントにあいつは、俺の胃を悦ばせるのが上手い。相当料理が好きなんだな。振る舞う相手を探してたんだ。俺でいいなら俺にしとけ。全部食ってやるから。
家に帰ってから白いケーキ箱の中身を改めて見れば、俺が一番好きなガトーショコラかと一瞬見誤ったが、チョコレートコーティングされた立派なホールケーキだった。一人で食べきれる大きさでなかった。
勿体無いので、翌日行く予定だった実家に持って行くことにした。
「何だ、これは」
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