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おかしくなっていく自覚はあった。
それでも俺は坂巻の家に通い続けた。
彼なしの週末の過ごし方がわからなくなっていたからだ。
二月に入った頃には、坂巻はもう俺の前で素顔を隠さなくなっていた。
今となってはあの変装に何の意味があったのかわからないが、俺は俺で何が何でも訊ねない。
俺はその時、水分を摂りにアイランドキッチンに立っていた。
その日も極自然に泊まる気でいた。風呂上がり。勝手に開けた冷蔵庫の中に、冷えた水出しのルイボスティーがあったので飲むことにした。
『仕事』を思い出して立ったままテーブルの上のラップトップを開いた。
この家では邪魔がなくて『仕事』が捗る。妙に頭が冴えて夢中になっていたが、シャワー上がりの坂巻が俺の後ろを通ったことから手が止まった。
いい匂いがした。風呂に入った所為か。俺も同じシャンプーを使っているはずなのに、坂巻の匂いは甘い。
確かめたくなった。俺はラップトップを閉じた。
それから、まだ少し髪が濡れている彼の両上腕を背後から掴んで引き寄せて、その背中にシャツ越しに額を寄せた。
彼は抵抗しなかった。
俺のささくれた指を癒すかのような風呂上がりの温かな心地いい肌。指を這わせて、滑らかな肌を撫でる。
思わず、呼吸が乱れて吐息が漏れる。
「おい……?」
「触りたい」
既にもう触れている。俺は指に力を込めた。彼の頸に唇を寄せる。触れるか触れないかで止めてーー。
「おまえの全部、を触りたい」
俺は言った。
欲望が、漏れでるどころか全部出た。
キスしたい。この頸に噛みつきたい。舐めて、撫でて、揉んで、組み敷いて。
混ざりあってしまえたらーー!
「マサチカ」
叱るような、その理性的な声を聞き、俺は急いでその手を離した。
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