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そして俺は逃げた。その場に彼を置いて、懐古趣味のあの部屋に。
扉を閉めて窓の前に立つと、疲れた顔をした二十七の自分が映っていた。
何してるんだ、おまえは。
俺が凄まじい自己嫌悪に襲われて、その首を垂れた時、後ろから坂巻が俺にぶつかるようにして抱きついてきた。
いつもの匂いが全身に纏わりつき、俺は息を呑んだ。
相手が男でも尽くされていたら段々感覚が麻痺して来るものだ。
彼の気持ちに触れた気がして、俺の中で何かが弾け飛んだ。顔だけ振り返りしな、
「抱きたい」
自分の口からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。
「……無理」
俺は口を半開きにして、彼の言葉を聞いた。
ああ、断られた。
俺は弾かれたように、急速に心が覚めて行くのを感じた。変な汗を掻きながらも、危なかった! と心から天に感謝した。やがて波が引くように理性が優ってきた。
そうだとも、過ちは逐一軌道修正していけばいい。
友達ってそういうもんだろ。
合点した俺は坂巻の手を俺から外そうとした。
窓に映る坂巻を見ようとした。しかし、俺の肩が邪魔で表情が見えなかった。
「おい……」
「何?」
……無理と言うなら何でこの状態なのか。
俺の尻に当てられた彼の股間が硬かった。それで彼が欲情しているのがわかった。彼は俺の胸の前でがっちり手を組んでいて、離すつもりはないと、その強い力には強い意思を感じた。
自我を取り戻してからのこの状態は、地味に辛い。
「準備してないから、今日は無理」
と坂巻が俺の背中に向かってくぐもった声で言った。
追い討ち。今日でなければ、良いと言っている?
「そうか」と俺は納得したふりをするが、ここ最近で一番の混乱状態に陥っていた。
何の準備だ?
言葉を選んで、俺は必死に言葉を繋げた。
「おまえ、まだ髪が濡れてるぞ」
「うん」
坂巻と俺の間には多分根本的な誤解がある。
そうだ。多分そう。
「離してくれ。少し冷静になった……」
そして、俺は振り返ってしまったんだ。
直ぐ近くに彼の美しい顔があって、
吸い込まれるような真っ直ぐ俺を見つめる綺麗な瞳があって、
形の良い、荒れのひとつもない唇があったので、
「準備なんか要らないだろ」と俺は彼の腕を掴んだ。
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