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男が酔っているようには見えない。俺を揶揄うだけが目的なら奢る必要はない……。
余り気にするのはよそう。細かいことを悩むのは性に合わないんだ。
俺はジョッキのハンドルをガシッと掴んだ。
期せずして奢りだ。これを飲んだら帰ろう。
男の言う通りだ。俺は何故ここに来たのか。
ああなっては送別会にも何の為に行ったか分からない。結局居酒屋でも俺は『仕事』をしていた。
今日辞めた奴は一人残っていた唯一の同期だった。
忙しさにかこつけて、彼とは話をしてこなかった。ある日突然連絡があり、送別会の幹事を頼まれた。二つ返事で引き受けた。
本人の口から辞める理由すら聞いていない。そして今日も挨拶程度の会話で終わったわけだ。
俺はもう少し彼と話をするべきだった。
遠目から見た彼の顔は実に晴れやかだった。転職先は決まっており、婚約者もいるそうだ。彼を待つのは明るい未来だ。
率直に羨ましい。
俺もあんなブラック会社早く見限って辞めてしまいたい。そうしたら。
「無礼講だと思って。打ち明けてごらんよ、楽になるよ。自分の中で溜めこむからいけないんだよ」
男がまた自分から俺に視線を合わせてきた。
自分は全然飲んでないくせに、酔ったフリしてさっきから能天気ことばかり言ってくる。俺はあっという間に二杯目を空にした。
「悩みなんてない」
「あるだろ、ほら。何でもいいよ。話してごらーー」
「結婚したい」
思わず口を衝いて出た。
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