第一話

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   男が酔っているようには見えない。俺を揶揄うだけが目的なら奢る必要はない……。  余り気にするのはよそう。細かいことを悩むのは性に合わないんだ。  俺はジョッキのハンドルをガシッと掴んだ。  期せずして奢りだ。これを飲んだら帰ろう。  男の言う通りだ。俺は何故ここに来たのか。  ああなっては送別会にも何の為に行ったか分からない。結局居酒屋でも俺は『仕事』をしていた。  今日辞めた奴は一人残っていた唯一の同期だった。  忙しさにかこつけて、彼とは話をしてこなかった。ある日突然連絡があり、送別会の幹事を頼まれた。二つ返事で引き受けた。  本人の口から辞める理由すら聞いていない。そして今日も挨拶程度の会話で終わったわけだ。  俺はもう少し彼と話をするべきだった。  遠目から見た彼の顔は実に晴れやかだった。転職先は決まっており、婚約者もいるそうだ。彼を待つのは明るい未来だ。  率直に羨ましい。  俺もあんなブラック会社早く見限って辞めてしまいたい。そうしたら。 「無礼講だと思って。打ち明けてごらんよ、楽になるよ。自分の中で溜めこむからいけないんだよ」  男がまた自分から俺に視線を合わせてきた。  自分は全然飲んでないくせに、酔ったフリしてさっきから能天気ことばかり言ってくる。俺はあっという間に二杯目を空にした。 「悩みなんてない」 「あるだろ、ほら。何でもいいよ。話してごらーー」 「結婚したい」  思わず口を衝いて出た。
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