自衛隊一のエリート

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自衛隊一のエリート

「ついてこい新入り、お前のロッカーまでは案内してやる」  そう言って赤本は、源が何を答える間もなく、隣の部屋につながる扉まで歩き始めた。 「ちょ、ちょっと待ってください」 「どうした?」  赤本はなおも足を止めない。 「あの、ロッカー以外も案内してほしいんですけど…」  そこで初めて赤本の足が止まった。 「それはどういう意味だ?」 「えっと、それは。単純に他の設備とかも見てみたいなーとか……です」 (絶対調子乗ってると思われた!)  源は焦って、なんとかその誤解を晴らそうとした。 「お前、まさか俺のことを…」 「いやいや、まさかそんなことは!先ほどからの立ち振る舞いといい、とてもそんな気持ちは抱きようがありません」 「立ち振る舞い……確かお前、ここに来る前は航空自衛隊だったな」 「え?ああ、はい。確か富士大隊という所で1年ほど」  赤本は振り返って源を見た。 「富士大隊だと?お前、あの富士大隊か」  赤本は意外そうな目で源をまじまじと観察した。 (言われてみれば体つきが戦闘機乗りのそれだな。だが……) 「富士の連中は自衛隊一のエリートだ。実戦の数からして一般隊員の比じゃない。だから精神的にも熟達している奴が多いんだが。それにしてはお前、弱そうだな」  赤本はそうバッサリ言い捨てた。 「弱い…ですか。実は自衛隊の時の記憶が無くて、元はどうだか知りませんが、実際はもう少しはましなはずですよ」  源はむっとしてそう言い返した。 「いや、それはない。お前が記憶喪失なのは当然知っている。それを踏まえたうえで、だ。最初から思っていたが、お前のその以前との変わりようというのは、記憶の喪失だけじゃない、感情の変化もその要因に含まれている様に感じた」 「感情の変化、ですか」 「そうだ。源、お前ほっとしてるだろう」  源は予想外の問いに驚いた。 「ほっとしたって、なんでそんなこと」 (何にほっとしたというのだ) 「お前の細かな所作を観察した。歩き方、立ち方、話し方、もちろん表情も、その動きを見れば感情の機微もつかめてくる。お前の筋肉には通常よりも弛緩が多い。リラックスして、油断しているのが分かる。後は簡単な考察だ」 (そんな観察をものの数分で…) 「赤本さん、一体前職は何を?」  赤本は一瞬表情を硬くした。 「…お前と同じ自衛隊だ。」 「やっぱり。所属はどちらに?」 「そこまで答える必要はない。その代わり、一つだけロッカールームと別に紹介してやる。」  赤本はそれ以上の追及を避けるように今度はもう一つ横の扉に歩き始めた。  扉の前に着くと赤本は隣の壁に手のひらを当てた。するとカシュッと音がして扉がスライドした。赤本はそのまま中に入ると電気をつけた。 「備品倉庫だ」  そういう赤本の背後に奥で直角で降り曲がっている通路が現れた。通路の端には謎の機器が入った段ボールが山積みされている。 「この段ボールは…」 「旧式の装置類だ。うかつに捨てられるような代物じゃないからこうして一旦保管している。」 「もしかしてこれ、あの曲がり角の先にも続いてます?」 「だからここまで溢れてきてるんだよ」  赤本は崩れかけていた段ボールを体で押し戻した。二人がなおもその段ボールの山を進んでいくと、曲がり角を曲がった先にまた扉が現れた。側面にも一つついている。 「横の扉がロッカールームだ。今は扉が故障していて開かない。そして目の前の扉が現役の装備を仕舞っている第二倉庫だ。」  赤本は扉に手のひらを当てると、扉が乾いた音を立てて少し開いた。恐らくずっと使われてこなかったのだろう。 「まあこのくらい空いてれば充分か」  赤本はそう言うと振り向いた。 「今からこれを開ける。お前も手伝え」  源は理解が追い付かなかった。 「その扉、開かないんですか?」 「そうだ、いいから早く来い。いいか、せーので扉を引っ張るんだ。」  言われるままに源は少し開いた扉のふちを掴んだ。指の先に冷気が伝わってくる。倉庫は冷房がついているらしい。 「いくぞ?せーの」  赤本の合図とともに源は全体重をかけて引っ張った。案の定、電磁レール式の扉はびくともしなかった。と思った矢先、なんと扉が動き始めた。 「そのままキープしろ」  赤本は先ほどのトーンのままそう言った。とんでもない馬鹿力である。  そのまま扉は開ききり、全力を出して火照った体を倉庫から流れてくる冷気が冷やした。 「よし、このぐらい広ければ十分だな」  赤本は全く疲れの色を見せないままその室内に入っていってしまった。 (もしかして僕、この扉開けるために案内されたのか?)  源はしゃがみこんで息を整えた。 「あ、赤本さん。ちょっと待ってください」  赤本はそんな言葉を意に返さずどんどん奥に入っていった。そして、倉庫で一際でかい、人が丸々一人入れそうなカーボン製の黒い箱を持ち上げると、それをこちらに運び始めた。 「源、早くそこから端に避けろ。これは当たると痛いぞ」  そう言って赤本は黒い箱を備品倉庫から運び出した。 「その箱、何が入ってるんですか?」 「エアガンだ」  まさかの答えだった。 「エアガンって、あのエアガンですか?」 「正確には殺傷性空気銃だ。怪獣の体内はガスが充満していて火器が持ち込めない」 「そんなの、浄化作業に必要なんですか?」 「そういえばここのマニュアル読んでないんだったな」 「極秘扱いで…」 「まあ現地に行ってみれば分かる。あのマニュアルは結局役に立たなかったしな」  赤本はそう言って箱を開けた。中には折り畳み式のライフルが二丁入っていた。 「エアライフルだ。基本は俺と班長が携帯する」  赤本は丁寧に機関部を検査していた。 「…一回バラすか」 「お、エアライフル。久しぶりに見たなあ」  不意にそう声がした。源が顔を上げて見ると、もう一人の男性班員、諏訪部蒼志が立っていた。 「さっきはごめんね?俺、昔からああなんだよ。」  諏訪部はそう言って源に手を合わせて謝ってきた。 (なんて気持ちのこもっていない謝罪なんだろう)  源はその薄っぺらさに面食らった。 「源、しばらくそいつには慣れないだろうが、とりあえず何言われても聞き流しておけ。このヤブ医者は全部冗談のつもりで言っている。」 「なんだよ、今日はやけに機嫌がいいな。源君が入ったからか?」  赤本は手を止めた。 「…やるか?」 「まさか。僕が勝てるわけないだろ?」  諏訪部はそう言ってポケットに手を突っ込んだ。そして源を見た。 「源君、一か月後の浄化作業楽しみにしてるね。」 「はあ。って、俺が浄化するんですか!?」 「あれ?聞いてなかったの?浄化は基本ローテーションなんだよ。体の負荷が大きいからね。まあ適合者がいない国はほぼワンオペか、外部委託状態らしいけど。」 「それで僕が次の番ですか」 「その通り。白石ちゃんはもう3回連続で浄化作業してるからね。さすがに限界ってことだよ」  源は以前受けた適性検査を思い出した。ひどい吐き気とめまいで立っていることすら困難だった。それを本物の怪獣相手に3回連続は相当の負荷がかかるだろう。 (よく持ちこたえたな) 「そういう事だから源君、頑張ってね」  諏訪部はそう言うと奥の部屋に入っていった。おそらく通常勤務のための部屋だろう。中に事務机とパソコンが見えた。 「あのヤブも言ってたが、次の浄化作業はお前が担当だ。それまでの一か月間、東雲さんに最低限鍛えてもらえ。お前ら戦闘機パイロットは持久力ばかりで足腰が貧弱だからな。怪獣の体内は良く滑るし、起伏も大きいからすぐダウンするぞ」  赤本は一旦箱に銃を収めると蓋を閉じた。 (まさかあと一か月で初仕事になるなんて。でも決まったことは仕方がない。とにかく周りと差を埋めよう) 「赤本さん、案内ありがとうございました。皆さんの足を引っ張らないよう努力します」 「当たり前だ」  赤本は箱を持ち上げるとロッカールームに入っていった。 「頑張れよ」  赤本が部屋に入る直前、そう言ったように聞こえた。
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