あなたのために

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あなたのために

 なるべく音をたてないように玄関を開けた。 「ただいま」  小さな声で帰宅を告げると、すぐに母が来る。 「もっと大きな声で言いなさい。テスト、返ってきたんでしょう。見せて」  私は靴も脱がずに、鞄から答案用紙を取り出した。そう言われることが分かっていたから、すぐに出せるように準備していた。  母は、それをパラパラとめくっていく。その間、私は凍ったように玄関で立ったままだった。  テストはどれも満点に近かった。先生からも「よく頑張ったな」と言ってもらえた。だから、きっと問題ない。  一通り見終わると、母は私に答案用紙を返して言った。 「字が汚いじゃない。もっとキレイに書きなさい、みっともないじゃない」 「はい」  私は母の足元を凝視して答える。 「塾までに時間があるから、それまでに全部書き直しなさい。お母さんが後ろで見ててあげるから」 「はい」  母が私の部屋へと行く。それに遅れないようにすぐに靴を脱ぎ、母を追った。
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