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「てかあれから六回目の誕生日なんだねえ」
「もうそんなになるのか」
「上手くんもすっかり大人になっちゃって」
「そろそろSNS始めようかな」
「それだけは絶対やめて」
彼女が真剣な顔で止めてくるので僕は持ち上げたスマホをテーブルに置く。結局一度も画面が光ることはなかった。
「なんとなくだけどさ」
「ん?」
「六十回目の誕生日も同じこと話してる気がする」
「それはよかった」
がんばった甲斐があったよ、と美沙は微笑んで、ポケットからスマホを取り出した。
画面のロックを解除してこちらに向ける。
「ねえ今度ここ行こうよ」
「なにこれ」
彼女が見せてくれたのはプロモーション動画のようだった。
カラフルなアニメーションムービーで、侍の格好をした何人かの男がビルの壁や非常階段を駆け回っている。
「全員集めるとなんでも願いを聞いてくれる『伝説の七人侍』って知ってる?」
「なんか聞いたことあるな」
どうやらリアル脱出ゲームに似た屋内イベントのひとつらしい。どうやって探しているのか、美沙はこういうものを見つけてくるのがとてもうまい。
スマホを持ったまま美沙は僕の胸元に頭を預けてきた。彼女のつむじ越しにさっき渡されたラブレターが見える。
今、左胸に伝わる彼女の体温はあの日の温度には遠く及ばないけれど。
「でもそれめっちゃ楽しそーじゃん」
「でしょでしょ」
艶やかな黒髪をなでると、美沙は嬉しそうに口角を上げる。
彼女が続きを話し始めても、僕はしばらく彼女の頭をなで続けた。
この髪の感触も、穏やかで優しい熱も、一生忘れないように。
(了)
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