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 下山さんのほうを見ると、彼女は首を傾げながら屋上に置かれた錆びたドラム缶の蓋を開けるところだった。  うええ、と声が聞こえて僕は少し笑ってしまう。 「記憶には短期記憶と長期記憶ってのがあるんだ。短期記憶がエビングハウスのやつで、長期記憶は長く残るやつ」 「説明する気ある?」 「その長期記憶のひとつに『エピソード記憶』ってのがあってさ。衝撃的な出来事とか感情が強く動いたときの記憶ってずっと残るらしい」 「びっくりしたとか、がっかりしたとか」 「わくわくしたとか、どきどきしたとかな。僕はそのエピソード記憶が残るような毎日を送りたいんだよ」  これはただの理想論だ。  何も起こらない、何もしないで終わる一日が必要だってこともわかってる。  それでもできるだけ心躍るような毎日を過ごしたい。日記に白紙のページが見つからないほど盛りだくさんの日々を送りたいと考えてしまう。 「で、下山さんの話を聞いたとき思っちゃったんだよな」  ぜんぶ集めるとなんでも願いが叶う『伝説の七枚ラブレター』。  汚すぎて誰も寄り付かない屋上で、そんなあるかもわからないラブレターを探す。  青春かどうかはわからないけれど。 「それめっちゃ楽しそーじゃん、ってさ」  笑いながら下を見ると、下山さんはこちらを見上げていた。僕の影の上で、眩しそうに目を細めている。  それから少しして、彼女はゆっくりと右手を持ち上げた。 「あ」  ぽっかりと口を開けた彼女は一点を指差す。  僕はその指先の延長線を目でなぞっていく。 「あ」  僕の口が開いて音が溢れた。  梯子の陰に隠れるようにして、一枚の白い便箋が置かれている。  便箋の中央には小さな赤いハートのシールが貼られていた。
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