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「そもそも学校なんかで告白しようとするのがおかしいんだよ。なんでわざわざこんなに人がぎっしり詰まってる場所を選ぶんだ。やっぱ手紙だな。全員ペンを持て。想いは文字とインクに託せ」
「最後の場所がわかんないからって無闇にかっこいいこと言わないで」
下山さんの推測通りに一年生の自習室で六枚目を見つけてから、かれこれ一時間が経っていた。
あれやこれやと推測を巡らせて様々な場所を歩き回ってみたが、どこにも最後の一枚は見つからない。これまでのスムーズさが嘘のようだ。
「間違い探しって最後の一個が見つからないもんだよね」
「こういうとき案外近くにあったりするもんだが」
僕は廊下の壁に設置された消火設備の入った赤い箱を開けてみる。
中には薄っぺらいホースが幾重にも折りたたまれて収納されていた。ラブレターはもちろんない。
「ねえ上手くん」
「ん?」
「『思い出す』と『憶えてる』は、どっちが上だと思う?」
隣の校舎へ続く渡り廊下への扉を開けながら下山さんはそう尋ねた。
質問の意味がよくわからず答えに窮していると、彼女は継ぎ足すように続ける。
「思い出すってことはそれまで忘れてるってことでしょ? それよりずっと憶えてるほうがよくないかなって」
「まあぜんぶ憶えてるならそっちのがいいかもな」
渡り廊下に出ると強い風が走り抜けた。下山さんの黒い髪とスカートが風をなぞるように揺らめく。
外はもうすっかり日が沈んでいて風の温度もかなり下がっていた。ほとんどの生徒が下校し、部活動も片付けに入っているのか、ずいぶん静かだ。
「いや待てよ、思い出せるってことは『忘れてる』ってより『大事にしまってある』って感じなんじゃないか。それならどっちが上とも言えないかも」
「あーなるほどねえ。じゃあやっぱりダメだ」
「なにが?」
「勝負になってる時点で物足りないなあって」
何の話をしてるんだ、と思った矢先、下山さんがこちらを向いた。ちょうど渡り廊下を半分ほど進んだ辺りだ。
僕は目の前の光景に言葉を失った。
「これで全部だね」
振り向いた彼女は両手で一通の便箋を持っていた。
小さな赤いハートが中央に貼られた白い便箋。
今日何度も見た、僕の内ポケットを膨らませている六枚のラブレターと同じものだった。
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