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「なんでそんなことを」
僕の口からひとつの疑問が絞り出た。
その声があまりに弱々しくて笛のような夜風の音に掻き消されたかと思ったが、彼女が表情を変えたことで届いたことがわかる。
下山さんは両手で摘まんでいるラブレターを持ち上げて、便箋で自分の顔を隠した。
「願いを叶えるために」
手紙越しに短い答えが返ってくる。表情は見えない。
笛の音が止むと、途端に静けさが訪れた。夜から切り取られたような渡り廊下には僕と彼女以外誰もいない。
ここなら最後の一枚も見つかりそうだなと今更なことを思った。
「『思い出す』でも『憶えてる』でも足りないんだ。そんなんじゃ物足りない」
下山さんの声が耳に届いた。
僕は彼女の指先に力が入っていることに気付く。便箋の中央に小さな皺が寄る。
「私は上手くんの『忘れられない』でいたい」
そう言って、彼女はラブレターを真っ二つに引き裂いた。
叫び声のような断裂音。勢いよく破られたラブレターの間から顔を見せた下山さんは笑っていなかった。
耳まで色付いた顔で、真っ赤に潤ませた瞳で、まっすぐにこちらを見つめている。
──その表情を認めた瞬間、僕の眼球の奥に燃えるような熱が生まれた。
熱は一瞬で顔全体を覆いつくし、頭を何度も回って胸にまで到達すると、心臓をごろりと大きく動かす。身体全体が鋭く跳ねた。
彼女は口を開く。
絶えず鳴り止まない鼓動の中でも、僕の耳は彼女の言葉をクリアに捉えた。
「あなたのことが好きです」
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