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急いでバイト着に着替えてレジに立つ。 店に着いた時より並んでるな。どの客もおでんを注文している。 そうこうしている間にだんだんおでんの在庫が減っていく。 「塚田君、次のお客さんでおでん止めて。」 これ以上は午後からがもたないのだろう。慌てて店長が耳打ちする。 軽く頷いて、商品のバーコードを読み取る。 「午前のおでん販売は終了です!再販は14時からになります!」 店長が声を上げると、並んでいた列が次々と出口へ消えていく。 中には文句を溢す客もいたが、知ったもんか。 だいたい買い過ぎなんだよお前ら。 そんなこと微塵も思っていないような顔で客を見送る。 さっきまでの混雑が嘘のようにすっきりした店内。 いつも通りの日常が戻ってきた。 落ち着いたところで品出し作業に取り掛かると、 店長が陽気に話しかけてくる。 「どうよ、正社員登用の件考えてくれた?」 先週、正社員にならないかと言われた。 忘れていた、わけではない。考えないようにしていたのだ。 俺は正直乗り気になれなかった。 「…申し訳ないんすけど、やっぱ俺、」 「バンドが大事か?」 俺の言葉を遮るように店長が言った。少し悲しそうな目。 だけど、どこかわかっていたような声色。 「アイツらは、俺に人生賭けてくれたんです。」 正社員登用を呑んだ方が楽になることはわかってる。 店長が俺を心配して、上の人にかけあってくれたのもわかる。 でも俺が守りたいのは、守らなきゃいけないのは、俺の人生じゃない。 俺の夢を共に謳ってくれるバンドメンバーだ。 「そういう奴だよな、塚田君は。  俺は応援してるよ、いつかライブ呼んでくれ!」 厚みのある手が背中をバシバシ叩く。 あははと乾いた笑いをして流した。 ライブ呼んでくれ、か… 一度だけ地下のライブスタジオに立ったことを思い出した。 どれも売れないバンドマンのライブだった。 その中でも集客率が悪かった俺達。 そんないかにも底辺なライブに、真っ直ぐ応援してくれる店長を 呼ぶ気には到底なれなかった。  
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