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「初さん、妹の異変に気づいてくれて、ありがとうございました」
「俺は何も……。悠真くんと、はぐれたおかげかもしれませんね」
私を落ち着けるために、初さんはいつもの前向きな声で話しかけてくれた。
ほんの少しの元気のなさが気になったけれど、初さんが私を気遣ってくれるのを感じて私は彼に頭を下げた。
「それでも、ありがとうございます」
何を言葉にすることもなかったけれど、悠真様と視線を交えることで彼は私の気持ちを察してくれた。
ゆっくりと指が解かれ、私は筒路森の婚約者から北白川家の娘としての表情を整えていく。
「俺は、部屋の外で待機してます」
姿勢正しく、何があっても冷静に対応していく初さんは狩り人として立派に職務を全うされている。
一方の私は隣に悠真様がいるはずなのに、心臓の震えが止まらずにどうしたらいいのかと焦りを感じている。
(これが、経験の差……)
一畳の部屋で授かった経験も、十六歳の私が授かった経験も、今の私を支えてはくれない。
襖に手が触れたとき、あまりの冷たさに心臓が一瞬止まったように感じてしまった。
指先に伝わった冷たさにすら恐怖を感じる私の傍に、妹の記憶を奪った蝶の姿は現れない。
「悪いな、蝶の代わりになれなくて」
心の中を読まれたのかと思って、傍にいる悠真様の顔を見上げた。
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