リン 17

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 私は、リンを見た…  私の細い目をさらに、細めて、見た…  リンが、どんな反応をするのか、見た…  見たのだ…  リンは、ジッと、押し黙ったままだった…  あまりにも、意外な展開に、自分でも、どうしていいか、わからない様子だった…  「…誰に、頼まれた?…」  葉敬が、リンに優しく、聞く…  が、  その声には、かすかに、怒りが、含まれていた…  明らかに、葉敬の怒りが、含まれていた…  そして、それは、この場にいる全員にわかった…  葉敬が、怒っていることは、誰の目にも、明らかだったからだ…  そして、そんな葉敬に、今度は、バニラが、  「…どういうこと?…」  と、聞いた…  今、怒っている葉敬に、質問が、できるのは、バニラしか、いなかった…  葉敬の事実上の妻である、バニラしか、いなかった…  他に、怒った葉敬に、質問できるものなど、誰も、いなかった…  「…このリンは、さっきから、ずっと、お姉さんを怒らせるべく、お姉さんにケンカを売っている…しかも、この私がいる、前でね…たとえ、お姉さんにケンカを売るとしても、普通は、私に隠れてするものだ…なにしろ、お姉さんは、私の義理の娘になるからね…」  「…」  「…だが、お姉さんに嫌味を言うことを、ずっと、止めない…これは、見方を変えれば、私に対する嫌味だ…私に対する挑戦だ…」  葉敬が、厳しい表情で、言う…  「…そうじゃ、ないか?…」  葉敬が、誰にとも、なく、言った…  が、  当然、返事は、ない…  誰もが、葉敬の質問に答えることが、できない…  なぜなら、葉敬は、絶対権力者だからだ…  台北筆頭の創業者であり、オーナーだからだ…  だから、誰も、なにも、言えなかった…  言えなかったのだ…  「…違うかね?…」  葉敬が続ける…  もはや、葉敬が、怒っているのは、誰の目にも、明らかだった…  しかも、しかも、だ…  その怒りは、想定以上というか…  こんなに、怒った葉敬を、私は、見たことが、なかった…  私の見る、葉敬は、いつも、笑っていた…  いつも、愛想よく、  「…お姉さん…」  と、私に話しかけてきた…  それが、一転して…  私は、恐ろしかった…  正直、怖かった…  この世の中で、なにが、怖いといっても、普段、ニコニコと愛想のよい人物が、激怒することぐらい、怖いことは、ない…  これは、誰でも、同じだろう…  いつも、ニコニコした顔しか、見ていない人物が、激怒する…  これは、怖い…  実に、怖い…  なぜなら、そんな顔は、見たことがないからだ…  だから、怖い…  怖いのだ…  だから、私も、怒った葉敬が、怖かった…  怖かったのだ…  そして、それは、私だけではない…  ここにいる、全員が、怖かった…  そして、それは、葉敬の事実上の妻である、バニラも、同じだった…  もはや、バニラも、葉敬に、なにか、言うことが、できなかった…  私は、どうして、いいか、わからず、この場に、立っていた…  緊張した面持ちで、立っていた…  すると、だ…  葉敬の口から、思いがけない名前が、出た…  「…リン…キミに、お姉さんの悪口をけしかけているのは、葉尊か…」  いきなり、葉敬が、葉尊の名前を出した…  実の息子の名前を出した…  これには、仰天した…  実に、仰天した…  なにしろ、葉尊は、私の夫でもある…  それが、まさか、自分の妻の悪口を、このリンに言わせるなんて…  考えも、しない、事態だったからだ…  そして、これには、リンも驚いた様子だった…  呆気に取られた表情で、  「…どうして、そんなことを…」  と、言った…  いや、  呟いた…  正直、葉敬に対しては、面と向かって言えないからだ…  だから、葉敬相手では、なく、むしろ、自分自身に呟くように、言ったのだ…  「…答えは、簡単だ…葉尊は、私が、嫌いだからだ…」  あっさりと、葉敬が、言う…  これには、驚いた…  まさに、まさか、だ…  まさか、そんなことを、葉敬が、言うとは、思わなかった…  思っても、みんかったからだ…  が、  しかしながら、そう言われると、なんとなく、わかった…  なんとなく、予感があった…  この葉敬は、私に優しい…  とんでもなく、優しい…  それは、もしかしたら、葉尊に対する当てつけ…  自分の息子に対する当てつけかとも、思った…  血は繋がっているが、ホントは、好きでは、ない…  むしろ、嫌っている…  血が繋がっているから、息子として、扱っているに、過ぎない…  だから、それに当てつけるかのように、私を可愛がる…  私を溺愛する…  そういうことかも、しれない…  なにしろ、葉敬の実子は、葉尊だけ…  葉尊一人だけだ…  葉尊は、ホントは、双子だったが、双子の弟の葉問は、事故で死んだ…  今現在、ときおり、ひょっこりと現れる葉問は、葉尊が、作り出した幻影に過ぎない…  葉尊のもう一つの人格に過ぎない…  なにしろ、カラダは、葉尊のカラダなのだ…  だから、人格だけが、別人に過ぎない…  正直、私も、最初は、同一人物ではないか?  と、疑った…  しかしながら、実際に、多重人格は、存在する…  演技ではない…  一つのカラダに、何人もの人格が、存在する実例が、ある…  それゆえ、それを知った私は、疑うのを、止めた…  きちんと、葉問という、葉尊とは、別の人格が、存在することを、認めたわけだ…  私が、そんなことを、考えていると、リンが、  「…葉尊が、葉敬を嫌っている?…」  と、驚いた様子で、言った…  心底、ビックリした様子で、言った…  これは、当たり前…  当たり前だった…  なにしろ、この矢田も、今のお義父さんの発言には、ビックリした…  まさに、まさか、だ…  まさか、お義父さんが、自分の息子が、自分を嫌っていると、発言するとは、夢にも、思わんかったからだ…  これが、普通の家庭でも、あまりないことだが、まして、お義父さんは、台北筆頭のオーナー会長…  台湾を代表する大手メーカーの会長だ…  その会長が、自身の後継者と、周囲に目されている、自分の息子が、自分を嫌っていると、公言するとは、思わんかった…  思わんかったのだ…  すると、葉敬が、  「…そうさ…葉尊は、私を嫌っているさ…」  と、リンに、告げた…  まるで、当たり前のように、告げた…  この当たり前のように、告げたと、言うのは、言葉に力を込めるとか、言うのでは、なく、さらりと、当たり前のように、告げたからだ…  「…葉尊が、私を嫌っている証拠に、あの葉問が、いる…」  葉敬が、穏やかに、告げた…  「…葉問が…どういうこと?…」  と、リンダが、口を出した…  私は、驚いたが、少し考えて、納得した…  なぜなら、リンダは、葉問が、好きだからだ…  リンダは、私のような、周囲の身近な人間には、自分は、性同一障害と、言っている…  性同一障害…つまりは、カラダは、女だが、心は、男と言っている… が、私は、それを、信用しない…  それは、リンダが、葉問を好きなことを、知っているからだ…  だから、信用しない…  たしかに、リンダが、性同一障害に近い状態であることは、わかる…  ハリウッドのセックス・シンボルと、呼ばれながら、29歳で、処女と告白したのを、聞いたからだ…  29歳で、処女というのが、世間で、珍しいか、否かは、正直、私には、わからない…  しかしながら、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれ、ハッキリ言って、セクシーを売りにする女が、処女だと、聞き、その女が、実は、性同一障害と告白すれば、納得する…  なにより、セクシーを売りにする以上、周囲には、リンダをどうにかしたいと、思う、男たちが、たくさん、言い寄ってくるのは、火を見るより、明らか…  しかしながら、そのような状況の中で、処女でいると、いうのは、おかしい…  なぜなら、普通は、大勢の男たちが、言い寄ってくれば、一人や二人は、自分好みの男が、寄ってきて、女も、その気になるはずだからだ…  それが、ないと、いうのは、おかしい…  だから、性同一障害というのは、納得するが、やはり、心の底から、納得できないと、言うのは、葉問を好きだと、以前、このリンダが、告げたから…  私は、それを、身近で、聞いたから、このリンダが、自分は、性同一障害だから、男に興味がないと、言っても、心の底から、納得できないのだ…  私が、そんなことを、考えていると、  「…私は、葉問が、好きだった…葉尊よりも、好きだった…」  と、葉敬が、告げた…  これまで、聞いたことのない発言をした…  「…好きだった…葉問を?…」  リンダが、目を大きく見開いて、言った…  正真正銘、驚いた様子だった…  なぜなら、葉敬が、葉問を嫌っていることを、知っていたからだ…  「…でも、葉敬、アナタは、葉問を嫌って…」  リンダが、口にする…  私が、思っていることを、口にする…  「…それは、本物の葉問だ…あの葉問じゃない!…」  葉敬が、怒鳴るように、言った…  「…でも、それが、どうして、葉尊が、葉敬を嫌っていることと、なんの関係が…」  と、今度は、バニラが、葉敬に聞いた…  当たり前の質問だった…  「…それは、簡単だ…葉尊は、私が嫌いだから、あえて、葉問を蘇らせたのだ…私に対する当てつけとして…」  葉敬が、言う…  仰天の事実を言った…                <続く>
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