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私は、リンを見た…
私の細い目をさらに、細めて、見た…
リンが、どんな反応をするのか、見た…
見たのだ…
リンは、ジッと、押し黙ったままだった…
あまりにも、意外な展開に、自分でも、どうしていいか、わからない様子だった…
「…誰に、頼まれた?…」
葉敬が、リンに優しく、聞く…
が、
その声には、かすかに、怒りが、含まれていた…
明らかに、葉敬の怒りが、含まれていた…
そして、それは、この場にいる全員にわかった…
葉敬が、怒っていることは、誰の目にも、明らかだったからだ…
そして、そんな葉敬に、今度は、バニラが、
「…どういうこと?…」
と、聞いた…
今、怒っている葉敬に、質問が、できるのは、バニラしか、いなかった…
葉敬の事実上の妻である、バニラしか、いなかった…
他に、怒った葉敬に、質問できるものなど、誰も、いなかった…
「…このリンは、さっきから、ずっと、お姉さんを怒らせるべく、お姉さんにケンカを売っている…しかも、この私がいる、前でね…たとえ、お姉さんにケンカを売るとしても、普通は、私に隠れてするものだ…なにしろ、お姉さんは、私の義理の娘になるからね…」
「…」
「…だが、お姉さんに嫌味を言うことを、ずっと、止めない…これは、見方を変えれば、私に対する嫌味だ…私に対する挑戦だ…」
葉敬が、厳しい表情で、言う…
「…そうじゃ、ないか?…」
葉敬が、誰にとも、なく、言った…
が、
当然、返事は、ない…
誰もが、葉敬の質問に答えることが、できない…
なぜなら、葉敬は、絶対権力者だからだ…
台北筆頭の創業者であり、オーナーだからだ…
だから、誰も、なにも、言えなかった…
言えなかったのだ…
「…違うかね?…」
葉敬が続ける…
もはや、葉敬が、怒っているのは、誰の目にも、明らかだった…
しかも、しかも、だ…
その怒りは、想定以上というか…
こんなに、怒った葉敬を、私は、見たことが、なかった…
私の見る、葉敬は、いつも、笑っていた…
いつも、愛想よく、
「…お姉さん…」
と、私に話しかけてきた…
それが、一転して…
私は、恐ろしかった…
正直、怖かった…
この世の中で、なにが、怖いといっても、普段、ニコニコと愛想のよい人物が、激怒することぐらい、怖いことは、ない…
これは、誰でも、同じだろう…
いつも、ニコニコした顔しか、見ていない人物が、激怒する…
これは、怖い…
実に、怖い…
なぜなら、そんな顔は、見たことがないからだ…
だから、怖い…
怖いのだ…
だから、私も、怒った葉敬が、怖かった…
怖かったのだ…
そして、それは、私だけではない…
ここにいる、全員が、怖かった…
そして、それは、葉敬の事実上の妻である、バニラも、同じだった…
もはや、バニラも、葉敬に、なにか、言うことが、できなかった…
私は、どうして、いいか、わからず、この場に、立っていた…
緊張した面持ちで、立っていた…
すると、だ…
葉敬の口から、思いがけない名前が、出た…
「…リン…キミに、お姉さんの悪口をけしかけているのは、葉尊か…」
いきなり、葉敬が、葉尊の名前を出した…
実の息子の名前を出した…
これには、仰天した…
実に、仰天した…
なにしろ、葉尊は、私の夫でもある…
それが、まさか、自分の妻の悪口を、このリンに言わせるなんて…
考えも、しない、事態だったからだ…
そして、これには、リンも驚いた様子だった…
呆気に取られた表情で、
「…どうして、そんなことを…」
と、言った…
いや、
呟いた…
正直、葉敬に対しては、面と向かって言えないからだ…
だから、葉敬相手では、なく、むしろ、自分自身に呟くように、言ったのだ…
「…答えは、簡単だ…葉尊は、私が、嫌いだからだ…」
あっさりと、葉敬が、言う…
これには、驚いた…
まさに、まさか、だ…
まさか、そんなことを、葉敬が、言うとは、思わなかった…
思っても、みんかったからだ…
が、
しかしながら、そう言われると、なんとなく、わかった…
なんとなく、予感があった…
この葉敬は、私に優しい…
とんでもなく、優しい…
それは、もしかしたら、葉尊に対する当てつけ…
自分の息子に対する当てつけかとも、思った…
血は繋がっているが、ホントは、好きでは、ない…
むしろ、嫌っている…
血が繋がっているから、息子として、扱っているに、過ぎない…
だから、それに当てつけるかのように、私を可愛がる…
私を溺愛する…
そういうことかも、しれない…
なにしろ、葉敬の実子は、葉尊だけ…
葉尊一人だけだ…
葉尊は、ホントは、双子だったが、双子の弟の葉問は、事故で死んだ…
今現在、ときおり、ひょっこりと現れる葉問は、葉尊が、作り出した幻影に過ぎない…
葉尊のもう一つの人格に過ぎない…
なにしろ、カラダは、葉尊のカラダなのだ…
だから、人格だけが、別人に過ぎない…
正直、私も、最初は、同一人物ではないか?
と、疑った…
しかしながら、実際に、多重人格は、存在する…
演技ではない…
一つのカラダに、何人もの人格が、存在する実例が、ある…
それゆえ、それを知った私は、疑うのを、止めた…
きちんと、葉問という、葉尊とは、別の人格が、存在することを、認めたわけだ…
私が、そんなことを、考えていると、リンが、
「…葉尊が、葉敬を嫌っている?…」
と、驚いた様子で、言った…
心底、ビックリした様子で、言った…
これは、当たり前…
当たり前だった…
なにしろ、この矢田も、今のお義父さんの発言には、ビックリした…
まさに、まさか、だ…
まさか、お義父さんが、自分の息子が、自分を嫌っていると、発言するとは、夢にも、思わんかったからだ…
これが、普通の家庭でも、あまりないことだが、まして、お義父さんは、台北筆頭のオーナー会長…
台湾を代表する大手メーカーの会長だ…
その会長が、自身の後継者と、周囲に目されている、自分の息子が、自分を嫌っていると、公言するとは、思わんかった…
思わんかったのだ…
すると、葉敬が、
「…そうさ…葉尊は、私を嫌っているさ…」
と、リンに、告げた…
まるで、当たり前のように、告げた…
この当たり前のように、告げたと、言うのは、言葉に力を込めるとか、言うのでは、なく、さらりと、当たり前のように、告げたからだ…
「…葉尊が、私を嫌っている証拠に、あの葉問が、いる…」
葉敬が、穏やかに、告げた…
「…葉問が…どういうこと?…」
と、リンダが、口を出した…
私は、驚いたが、少し考えて、納得した…
なぜなら、リンダは、葉問が、好きだからだ…
リンダは、私のような、周囲の身近な人間には、自分は、性同一障害と、言っている…
性同一障害…つまりは、カラダは、女だが、心は、男と言っている…
が、私は、それを、信用しない…
それは、リンダが、葉問を好きなことを、知っているからだ…
だから、信用しない…
たしかに、リンダが、性同一障害に近い状態であることは、わかる…
ハリウッドのセックス・シンボルと、呼ばれながら、29歳で、処女と告白したのを、聞いたからだ…
29歳で、処女というのが、世間で、珍しいか、否かは、正直、私には、わからない…
しかしながら、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれ、ハッキリ言って、セクシーを売りにする女が、処女だと、聞き、その女が、実は、性同一障害と告白すれば、納得する…
なにより、セクシーを売りにする以上、周囲には、リンダをどうにかしたいと、思う、男たちが、たくさん、言い寄ってくるのは、火を見るより、明らか…
しかしながら、そのような状況の中で、処女でいると、いうのは、おかしい…
なぜなら、普通は、大勢の男たちが、言い寄ってくれば、一人や二人は、自分好みの男が、寄ってきて、女も、その気になるはずだからだ…
それが、ないと、いうのは、おかしい…
だから、性同一障害というのは、納得するが、やはり、心の底から、納得できないと、言うのは、葉問を好きだと、以前、このリンダが、告げたから…
私は、それを、身近で、聞いたから、このリンダが、自分は、性同一障害だから、男に興味がないと、言っても、心の底から、納得できないのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…私は、葉問が、好きだった…葉尊よりも、好きだった…」
と、葉敬が、告げた…
これまで、聞いたことのない発言をした…
「…好きだった…葉問を?…」
リンダが、目を大きく見開いて、言った…
正真正銘、驚いた様子だった…
なぜなら、葉敬が、葉問を嫌っていることを、知っていたからだ…
「…でも、葉敬、アナタは、葉問を嫌って…」
リンダが、口にする…
私が、思っていることを、口にする…
「…それは、本物の葉問だ…あの葉問じゃない!…」
葉敬が、怒鳴るように、言った…
「…でも、それが、どうして、葉尊が、葉敬を嫌っていることと、なんの関係が…」
と、今度は、バニラが、葉敬に聞いた…
当たり前の質問だった…
「…それは、簡単だ…葉尊は、私が嫌いだから、あえて、葉問を蘇らせたのだ…私に対する当てつけとして…」
葉敬が、言う…
仰天の事実を言った…
<続く>
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