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6・ココロ⑦
2月の授業はなくなった。
1月の終わりに先生の所を訪れた際、次回の予定を告げる機会を逃してしまい、そのままになってしまっていた。俺から連絡をしないとな、と思っていたところ、先生の方からメッセージが届いたのだった。
<今、小説を書いています。こちらに集中したいので、とりあえず2月は授業をお休みにさせてください。突然ですみません>
俺が先生の小説を読みたいと奥さんに言ったのは事実だったけれど、先生が俺と会いたくない理由にこの間の奥さんとのことが懸念としてあった。勿論何をしたわけでもない。腕を取り合って、ひたすら奥さんの泣き顔を眺めていただけなのだけれど、ひどく後ろめたいことをしている気になった。
なぜなら。
俺はどうも奥さんの事が好きになってしまったらしいから。
配達の際も、向井さんのお宅が気になった。庭の掃除でもしている所に出くわさないか、と思ったりもしたけれど、そういうこともなかった。もし、このまま授業の休みが続き、二度と彼女と会えなくなったらと考えると切なかった。
恋は罪悪とはどういうことだ。
先生が奥さんに触れたことがない、とはどういうことだ。
謎を残したままの言葉もそれを解くカギはどこにもなかった。
そうこうしているうちに3月になった。
最近は春が早い。
仕事中春一番に吹かれたある日、顔を埃だらけにして帰宅すると、集合ポストにずっしり分厚い大型の私信が入っていたのだ。
差出人は先生だった。
部屋に入り封を開けると、それはびっしり文字の詰まった活字の原稿の束。
一枚の紙がはらりと落ちた。
落ちた紙を拾うとそれは便箋だった。
先生の字だ。
<長い間お待たせしてすみません。小説が出来ましたので早速お送りします。なお、この小説は梶さん以外にお見せするつもりはありませんので、内容については妻も含め、他言無用です。今の私に至るまでの事が書かれています。そして、すみません。小説教室はこれまでにさせてください。この小説が梶さんの手に渡る頃、私はもういないでしょう。楽しい日々をありがとうございました>
どういうことだ。
俺はシャワーも後回しにして、早速その紙束を捲り始めた。
小説のタイトルは「K」だった。
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