6・ココロ①

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6・ココロ①

31歳のこの歳になるまで、女の人と付き合ったことがない。 ま、焦ってるわけでもないけれど、あきらめてるわけでもない。 恋愛してるって、どんな感じなんだろね。 でも勿論、好きな人がいたことはある。 恋愛と言うと、双方の気持ちのやり取りの事になっちゃうけど、恋ならば、一方通行でも成り立つ。俺だっていくつかの恋をしたこと位はある。勿論それは全部俺の片思いだったけれど。 高校二年の頃、藤原と言うお調子者の友人と俺は、いつものようにだべりながら住宅街を下校していた。そしてその時、俺は何かの拍子に同じクラスメイトの矢部皆子さんが好きなことを、藤原に知られてしまった。矢部さんは、細面で目が大きい、いつもポニーテールに結っている女の子。すっと伸びたきれいな背筋を俺はこっそり、授業中の後ろの席からいつも眺めていた。初夏の白いセーラー服がまぶしいぐらい輝いてた、いや、まじで。 「あの、ちょっと悪い。梶」 「ん?」 「ちょっと、うんこ。俺、がっこ、もどるわ」 「あ」 「先帰ってて。じゃな」 そう言って藤原は学校の方向に戻って行ったが、うんこが嘘だったのはその次の日にわかった。藤原はうんこを口実に学校に戻り、掃除の為まだ教室に残っていた矢部さんを非常階段に呼び出したのだった。奴は、俺が矢部さんの事が好きなのを知って、こうしちゃおれないと思ったらしい。藤原も矢部さんが好きだった。 まあ、いわゆる抜け駆け。 しかし。 「でさ。俺たち放課後、マックで待ち合わせしてさ」 「おお」 「でも、喋ることねえじゃん。話題」 「うん」 「コーヒー飲みながらひたすら二人黙って」 「お前でも?」 「俺でも」 口下手な俺ならその現場、なおさらだろうな。 「で、お別れした」 「告白はよ」 「したよ。付き合いたいって」 「で?」 「結果は推して知るべし。喋れねえんだから」 かくして、藤原の恋の決着は数時間で着き、じゃあ、俺が代わりに、と言いたいところだけれど、俺には自信がない。だってほら、ずんぐりむっくりな低身長。人類よりもむしろ魚類と親にまで言われる顔。さらには口下手。女子の前では頭が白紙になる緊張しい。 第一、女子と付き合うって、どうすればいいんだ? そんなわけで、俺には恋の歴史はあるけれど、恋愛の歴史はない。 だから、勿論結婚していない。 藤原は高校を出て、調理師の専門学校を卒業すると、職場の一つ下の女性と結婚し、今は二人の子持ちだ。たまに会うと今でも笑い話に出る「ちょっと、うんこ」。まあ、恋は男の、いやいや女でも手段を選ばぬ真剣勝負。抜け駆け騙し合いはあってしかるべしでしょう。 仮に藤原が矢部さんと付き合うことになったとしても、それは俺が勝負に負けたってこと。恨んでもしょうがないよね。そもそもあの時の俺は勝負をしようともしていなかった。 恋愛かあ。 俺だっていざとなればきっと「ちょっと、うんこ」を繰り出して、何が何でも意中の女性を、なんて思っているのだけれど、でも機会がなくて、それでいつの間にか31になりましたとさ。
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