第5話 隣の席の大和君

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 突然大和君がこちらを向く。とっさに大和君文具セットを机から出す。大和君はそれを見てなぜかニヤリとして、ポケットからシャーペンを一本、取り出した。 「俺、今日は自分でシャーペン持ってきた」  ……え?  これ、なんて返すのが正解?    気持ち的には、すごいね!大和君!自分でシャーペン持ってきたんだ!偉いよ大和君!と思いっきりバカにして褒めてやりたいが、俺は穏やかに暮らしたい人間なので、   「そうなんだ。じゃあ今日はこれ、いらないね」  と返したら、 「いや、消しゴム持ってきてねーや。貸して」 「あ、はい、すみません」  結局貸すことになった。    なんだよ。なんでシャーペン一本だけなんだよ!全部揃えてもってこいよ!  そう大声で叫びたい気持ちをぐっと堪えていると、大和君は体を俺の方にグイッと向けて話しはじめた。 「安田ってさ、頭いいよな。勉強できるよな」 「え?あぁ、いや、人並みだよ」 「俺に勉強教えてくんね?今度のテスト、一科目でいいから80点越えしたい」 「え、俺が、大和君に教えるの?」 「おう」 「なんで?!」 「いや、実はさ、昨日俺と一緒にいたサファリな服の女の人、あの人レンさんって言うんだけど。すげー変な人でさ。昨日もやべーやつ食っちまってやばかったんだけど。それでそのレンさんがそういう条件出してきたんだよ」 「へ、へぇ。条件?何かもらえるの?」 「まぁそれはいいだろ。とにかく、なんでもいいから80点。出さないといけねーの」 「で、でも俺、教えるの下手だからなぁ……」 「大丈夫。お前ならできる」  イケメンの力強い目に見つめられ思わず唾を飲む。  これは……なんて返事をするのが正解……? 「な。頼む。代わりに嫌な奴いたらボコしてきてやるからよ」  そんな物騒なお返し提案するなよ……。  ヤンキーの脳みそはどうなっているのか。    ……いや?でも、案外、いいかもしれない。これは穏やかな日常を多少犠牲にしても、いい条件かもしれない。  自分では決してできないことを、この目の前のヤンキーがやってくれるかもしれない。  そう思った俺は、大和氏の提案を受け入れてしまった。 「わかった、いいよ。放課後、俺の塾がない日でよければ進路指導室でやろう。ちなみに80点、いかなかった場合は……?」 「別にそれでもお前をヤッたりはしねぇよ」 「う、うん。よろしくね…?」  怖えー。ヤンキー怖えー。    進路指導室は意外と人のこない、穴場スポットだった。赤本に囲まれた小さなその部屋は完全下校時間まで空いているし、図書室と違って喋ってもいい。進路指導の担当教師はこの部屋にあまり来ない。もちろん不良も来ない。勉強会をするには持ってこいの場所だった。  机の一角を陣取り教材を出している間、大和君は本棚の上に置いてある観葉植物に触っていた。意外ッ!ヤンキーが植物触ってる。 「大和君、植物好きなの?」 「んー、別に。ただポトスがあるなぁって思っただけ」 「それウチにもあるよ。ポトスって言うんだ。ツルがどんどん伸びるんだよね」 「そ。丈夫で育てやすいけど、なんとかカルシウムが入ってるから、食べちまうとヒリヒリ突き刺さるような痛みがあるんだって。んで腫れちまうらしい」  大和君って意外と喋るんだな。 「知らなかった。大和君詳しいね」 「植物に詳しい人がいて、聞いてもないのに色々教えてくるから。少し覚えた」 「もしかして、あの探検家の格好をした……レンさんって女の人?」 「おう」  ポトスのツルを指に絡ませながらそう答える大和君はどこか嬉しそうだ。    もしや、これは……。  いや、これは確実だろう。  でもとりあえず深入りはせず、淡々と仕事をしよう。それがデキる男というものだ。デキる男は深入りしない。   「80点越えを目指すなら成果の出やすい暗記科目がいいかもしれない。大和君、歴史は得意?」 「チガイホウケン、ムツムネミツ」 「あぁ、そうだよね」  いや、なにがそうなのか。  ひとまず今度のテスト範囲で大和君がどのくらい覚えているか確認することから始めよう。    テストまであと1週間。
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