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第7話 大和の恩返し①
一匹狼金髪ヤンキー・大和君は見事、目標の80点超えを達成した。彼は俺が思っていた以上に真剣に、そして素直に勉強してくれた。これを明日までに覚えてねというと、ちゃんと仕上げてきてくれた。教えている俺もいつのまにか熱が入り、自分でも驚くくらい、彼の成功を喜んでしまった。不良とはなるべく関わらない。を座右の銘にしていた俺はどこに行ってしまったのか。
とにかく彼は成功し、俺はその対価として「嫌な奴をボコしてもらう」ことになった。
ボコしてもらうのはアイツだ。
アイツ、サトウタイキ。
俺はサトウタイキをボッコボコにしてほしい。
向かいに住む2歳年上の聡子ちゃんは、優しくて美人で太陽のように明るい人だった。2階の窓を見上げるといつもニコニコと手を振ってくれる、幼馴染の綺麗なお姉さん。
聡子ちゃんは大して取り柄のない俺が、友達に自慢できる唯一の存在だった。
その聡子ちゃんを弄び、捨てて、傷つけたサトウ。隣の高校に通う3年生で、ボクシングの大会に出場するくらいの強靭な肉体に、甘いマスクを持つサトウ。そんなサトウと出会ってしまった純情な聡子ちゃんは、奴にさんざん騙され、傷つけられた。
聡子ちゃんは外を歩けなくなった。2階の部屋のカーテンは常に閉められていて、窓を見上げても遮光カーテンの裏地しか見えない。
将ちゃん、行ってらっしゃい!
あの笑顔は消えてしまったのだ。
一方あの男は何のお咎めもなく、今日も明るい日の下を堂々と、楽しそうに歩いている。
そんなの理不尽だ。許せない。
俺はサトウに復讐したかった。聡子ちゃんが味わった以上の苦しみを奴に味わせたかった。
でも俺はどこまでも無力だった。だから大和君に、アイツをボコボコにしてほしいと頼んだ。
事情を伝えると大和君は頷いて、じゃ、決行は明日の放課後な、とだけ言った。
やめた方がいいとか、そんなことしてどうする、とか、彼はなにも言わなかった。
静かに教室を去る大和君の背中を見ていたら、俺は動悸が止まらなかった。
あまり眠れないまま迎えた翌日。いつものように登校し、いつものように授業の準備をする。いつものように大和君がホームルームギリギリに教室に入ってきて、長い足を伸ばして座る。少し息の上がった彼と目が合ったので大和君文具セットを渡すと、大和君はニッと笑って、ありがとよ、と言った。
昼休みになり、大和君に連れられて屋上にきた。屋上って本当に入れるんだな。漫画の世界だけじゃなかったのか、なんて呑気に思っていたら、大和君は地べたに座り、売店のパンを片手で食べながら、安田。作戦会議だ、と言った。
唾を飲んで喉をゴクリと鳴らし、大和君の向かいに座る。お弁当を持ってきてはいるが、食欲は出ない。それでも大和君は、無理してでも食っとけという。なんだこの戦場慣れした熟練の兵士感は。ヤンキーってみんなこんななのか?
「奴の家やよく行く場所はわかるか?今日の放課後はどこにいる可能性が高い?」
「たぶん、海側の繁華街だ。今日はトレーニングがオフの日だから、カラオケとか、ゲーセンにくるはず」
「さすが詳しいじゃねーか。奴は1人か?」
「いや、お連れが大体2人、たまに女もいる」
「相手するのは最大3人か。でもってメインターゲットはボクシングをやっててめちゃくちゃ強い、と。さて、うまく行くかな……」
大和君はロダンの某彫刻のようなポーズを取る。
ヤンキーが悩んでいる。おおいに悩んでいる。
でもそれも当たり前だ、相手はめちゃくちゃ強い。それはそれは強いのだ。大和君は一人で先輩達相手に善戦してると聞いたが、素人相手とは話が違う。相手はシャレにならないくらい強いのだ。下手すると大和君の命に関わるかもしれない。
「……やっぱり、辞めた方がいいよね、こんなこと」
「なんで?」
「ごめん大和君、大和君が負けるって思ってるわけではないけれど、でもやっぱり危ない。大和君せっかく勉強できることがわかったんだし、これを機にもっと色んな勉強をしてみようよ。この話はなかったことにしよう。対価なんていらないから。大和君がいい成績を取ってくれて、俺もすげー楽しかったし」
「なに言ってんだよ。約束しただろ。お前の嫌な奴をボコす。これは絶対やってやるからよ、そんな弱気になんなって。それに俺には秘策がある」
「秘策?」
「人間っつーのは、何か分からないもの、ってのが一番怖いんだ。理由がわからないもの、実態がわからないもの。どんな人間でもこれは怖い。だから俺は今回、それを使う」
「と、言いますと?」
「秘策だからな、本番まで秘密。そんで、サトウの奴をぶん殴っていたぶって、そのあとお前はどうしたい?」
「あー……」
あの憎い奴を殴って、蹴って、ボコボコにして、それから……?
「ボコボコになった顔をTikTokにでもあげる?」
「それは逆にマズイ」
「大事な姉ちゃんとこに連れてって土下座でもさせる?」
「いや、聡子ちゃんには二度と会わせない。近づかせない。……そうだな、俺は、悪いことをしたらバチが当たる、って奴に分からせたい。俺や聡子ちゃんに手を出すと痛い目にあうぞ!って。それで聡子ちゃんを安心させたい。聡子ちゃんに安心して外に出れるようになってほしい。……あぁうまく言えない、子供っぽいな。でも、そんな感じ。……伝わる?」
そう言うと大和君は不敵に笑って、
りょーかい。
と言った。
俺はまたゴクリと喉を鳴らし、拳に力を込めた。
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