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すぐ後ろで走り去る足音がして、ハッと我にかえる。店員が店の奥に向かっている。警察を呼ぶのだろうか。それは厄介なことになる!
店員を追う。店の奥のドアを引いて部屋に入る。すると床に先ほどの店員が倒れていた。その隣にもう1人倒れている。
顔を上げると、白いハンカチを持ったサファリ女がいた。
「やあ!安田くん。大丈夫よ、防犯カメラは取っといたからね!」
見覚えのある探検家……?レンさんだ!
この人が2人を……え、まさか死んでないよな、これ。
「大丈夫よ。眠らせて、ちょっと記憶が錯乱するようにしただけだから」
状況がよく飲み込めないが、まぁ、大丈夫なんだろう。
それからレンさんはテキパキと部屋を片付けて、さ、行こっか。と爽やかに言った。そして店の中で野次馬をしていた客達の背後からスッと口にハンカチを当て、次々と人を倒れさせていった。
え、なに?この人……
大和君の元に戻ると、倒れたままのサトウの横で、すっかり腰を抜かしたサトウのお取り巻き達に大和君が説教しているところだった。
「あのさ。悪いことしてたら止めてやるのも友達の役目なんじゃねーの?暴力はダメだって、ちゃんと言ってやれよ」
日本お前が言うか選手権を開催した方がいいかもしれない。
「大和くん、ひと通り終わったよ。じゃ、そこの子達もちょっと眠らせますか」
「レンさん!……え?眠らせる?」
大和君は充血のひいた目でレンさんを訝しげに見ている。
その取り巻きたちは突然サファリな女が現れたからか、恐怖の表情を浮かべている。レンさんはそいつらの前にしゃがんで、ニコニコと口にハンカチを当てはじめた。
最初に女。すぐに気を失う。それを見てさらに恐怖が増したのか、1人男が泣き出した。レンさんはそいつの前に移動して、大丈夫よと優しく声をかけ、ハンカチを当てる。男は眠るように倒れる。
残った2人は泡を拭いて気絶した。その2人にもレンさんは優しくハンカチを当てる。
え、なに?この人……
大和君に目をやると、彼は悟ったような顔をして、無言で頷いた。
「さて、サトウ君には別のハンカチを持ってきたよ」
そう言ってレンさんがしゃがみ込んだ時、突如サトウが起き上がった。前歯が折れ、顔中血だらけにしたサトウは、レンさんの顔を思いっきり殴った。華奢な体は衝撃をまともに食らい、床に倒れ込む。
「サトウ!てめぇ!」
大和君がサトウに掴み掛かる。サトウはその手を振り払い、大和君にまた強烈なアッパーをくらわせた。大和君はフラついて床に尻をつく。
おかしい、大和君に覇気がない。さっきまでの勢いが無い。
「大和君、俺これでも真面目に練習してるんだよね。呪いだかなんだか知らないけど、一時的なドーピングごときで俺はやられないよ」
やっと立ち上がった大和君を、サトウは何度も何度も殴った。防御に徹していた大和君は次第にそれも出来なくなり、力なく地面に倒れ込んだ。
サトウはそこに馬乗りになり、左手で大和君の首をしめつけた。大和君の苦しそうな息が漏れ出る。サトウは右腕を引いて、大和君の顔を殴ろうとする。
それを見た瞬間、俺の体はいつの間にか動いていて、サトウの右腕にしがみついていた。
「あ?誰だ離れろ」
「嫌だ」
「鬱陶しいな!」
しがみついていた体が振り払われ、大和君は殴られる。俺はまたサトウの右腕に必死にしがみつく。
「誰なんだよお前!」
サトウは左手で俺を引き剥がそうとする。俺はその手に思いっきり噛みついた。
ああああっ!サトウが叫んで、とんでもなく怖い顔をする。そして頭突きを食らう。俺は体がフラついてサトウの右腕を離してしまった。自由になった腕でサトウは俺の顔に連続フック。視界がクッラクラする。
でもなんとか右腕をまた捕まえる。サトウは左手で俺の腹を、顔を、殴ってくる。
「誰だよお前!離せよ!」
「嫌だ!」
「しつこいな!誰なんだよお前!」
いったい何度殴られたのだろう。殴り続けるサトウの息も上がっている。大和君は床でぐったりしている。レンさんは……
レンさんは?
ゆらりと視界が黒くなって、俺を殴り続けるサトウの後ろに黒いサファリな影が見えた。
サトウはピタリと動きを止めて、ゆっくり後ろを振り返る。
「遊びは終わりだ……」
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