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女は住宅街を抜け、雑木林へ。案の定、植物を集めはじめる。私は女から離れた場所で、ちょうどいい木の枝にロープを投げかけた。そしてわざと大きな音を立て、首を吊ろうとする女を演じた。
足音が近づいてきて、女がやってきた。女は木とロープと私を見てギョッとする。
「?!なにやってるの!」
「ほっといてください……」
「それじゃリアルオーディンじゃないの……!」
「リア……え?」
「その木!世界樹!ユグドラシル!セイヨウトネリコ!グングニル!グングニル!」
「???」
意味不明なカタカナを並べ捲し立てる女に唖然としていると、女は落ちていた太い木の枝を拾い上げ、ポケットからナイフを取り出し、その枝の端を削り始めた。
「……何してるんですか」
「……」
女は無言で木を削り、先端を鉛筆のように尖らせた。
そしてそれを、槍投げのように投げつけてきた!
「グングニル!」
「キャッ!」
咄嗟に身をかわすと、その木の槍は勢いよく木の幹に突き刺さった。
女がスタスタと歩み寄ってくる。
「ちょ……なにするんですか!」
「死ぬのは怖いでしょう。あなたの体はまだ生きようとしている」
「……」
「この木、あなたが首を吊ろうとしていたその木、トネリコっていうんだけど。北欧神話の最高神・オーディンは、世界樹ユグドラシルで首を吊った事があるんだって。その世界樹はトネリコの木だって言われてるの」
「神話?なんなんですか?」
「それで世界樹に九日九晩首を吊ったオーディンはどうなったと思う?」
「知りませんよ」
「縄が切れて首吊り失敗。でも彼はその肉体的苦しみを乗り越えた事で、圧倒的な叡智を得たの」
「……それで?何が言いたいんですか」
「すごいよね」
「オチはないの?」
「うん。神様ってやっぱりすごいなって」
「……」
「でも、どうせ死ぬなら最後に話してみませんか?遺言なら聞きますよ」
「……好きな男の子がいて、でもその人に全然振り向いてもらえなくて。胸が痛くて、苦しくて」
「あなたみたいに可愛い人が振り向かせられないって。性格に問題があるんじゃない?」
「それ死のうとしてた人にいいます??」
「ちゃんと色仕掛けはした?」
「ちゃんと??私高校生ですよ??」
「使えるもんは使って、やれることはやってから死になさい」
「はあ?……なら、媚薬。相手を振り向かせる薬。そんなのありませんかね……」
「媚薬ぅ……」
「ないですよね。有り得ませんよね……」
「……」
「どんな素晴らしい薬屋さんだって、そんなもの作れっこない。ごめんなさい、有り得ないことを口走っちゃった……」
「……」
「そんなの絶対無理だわ……やっぱり死ぬしかない……」
「無理じゃない。媚薬、作ってあげる」
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