第35話 師匠の言い分

2/3
前へ
/134ページ
次へ
 柔らかい胸に顔を埋めると、レンさんは俺の頭をポカポカと叩き始めた。 「大和くん、やっぱり今はだめ。ごめんなさい〜」  レンさんの声が今にも泣きそうなのに気づき、顔をあげる。やっぱりその目には涙が溜まっていた。   「……レンさん、泣かないで」 「ごめんなさい〜」 「もう、しょうがないな。大丈夫だから、ほら」  体を起こして離れると、レンさんもしょんぼりと起き上がる。 「ありがとう……」 「ほんとだよ。さっきの青木の話があるとはいえ、ここまで来て我慢してくれる男、俺くらいだよ」 「ごめんなさい……」 「まー、こんなところで初めてってのもなんだし。……落ち着きそう?」 「うん。もう少ししたら……」 「よかった」 「大和くんも、早く行ってください……」 「こんなんなっちゃったらいけないでしょ」  レンさんは目を泳がせる。 「……大丈夫だよ、なんとか行けるから。レンさん、ひとりで聡子ちゃんのとこ戻れる?」 「うん」 「じゃ、落ち着いてから出て」 「はい……」  こんな人をひとり置いていくのは不安極まりなかったが、そばにいたらそれはそれで危うい気もするし、俺は泣く泣く外に出た。  振り返ったら、トロンとした顔をしてマットに座り、手をヒラヒラとふる可愛い人がいて、やっぱりまだそこにいたくなった。   「大和くん」  レンさんが弱々しく声を張る。   「なあに」 「バスケしてる大和くん、かっこよかった」 「俺が体力だけの男じゃないこと、ちゃんとわかってくれました?」 「?」 「あー……いや、いいや。……そうだひとつだけ、ちょっと聞いてもいい?」 「なに?」 「駿河聖とは……なかったの?こーゆー事」  レンさんはポカンとして、それからカラッと笑った。   「駿河には婚約者がいたからね。なかったよ。人には恋愛したらって言っておいて、私はちっとも経験せずに生きてきちゃった」  ーー
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加