Wet ENDs 濡れたままの終わり達

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「前から気になってたんだけどさ」  弟が私の部屋の片隅に目を留めて、ぽつりとたずねてくる。 「姉貴はこれ…、集めてるの?」  合流した視線の先には、カラーボックスに寄り掛かるように、いくつものシートマスクが群れていた。メーカーも銘柄もバラバラ。終売品や季節限定品もちらほらとあった。 「え?あー…それ、ね…」  私の声は小さく、言葉は歯切れが悪くなる。 「その、友だちが、ね…」  視線が宙を彷徨う。 「…元カレたちが、プレゼントしてくれたもの、です」  謎の葛藤の末、私はなぜか弟に懺悔した。いや、このシートマスクたちに誓って、私は何の罪も犯してはいない。悪どいことを言ってプレゼントさせたわけじゃない。というより、そんなことが出来るならもっと高くてフリマアプリで高値でさばけそうなものを買ってもらうに決まっている。 「最初の1つ目は、自分で買ったやつだったのよ?よくあるじゃない。季節限定品の衝動買い。そしたら、それを見つけたそのときの彼氏が、何かのタイミングで買ってくれちゃったの」 「肌質との相性とかあるから、顔に触れるものはプレゼントしない、もしくはちゃんとヒアリングするって常識じゃんか」  弟は嘘吐きを見る目になっている。視線が痛い。 「あのね、普通の男はそういうの知らないのよ?」 「あー、いつものやつか…」  家族に母親以外の女性がいる男は、その生育過程で女性の裏事情に精通してしまう。弟もまさにそのタイプだ。だから常識が女性側に寄ることがある。 「で、その時々の彼氏が、なぜか私のことシートマスクマニアだと思い込んでプレゼントしてくれちゃって」 「気付けばこの状態だった、と」 「はい…」 「んじゃ、かーちゃんに使ってもらえば良いじゃん。持ってこうか?」 「だめ!」  反射的に出た声に自分でびっくりする。弟の呆れた顔。 「夜な夜な眺めては、元カレとのあれこれを思い出して浸って、何となく使えないし捨てられないってとこなんだろ」 「わざわざ言わなくても…良いじゃない…」 「浸すのは化粧水だけにしとけよ」 「うまいこと言えてないからな!」 「所在なき、我が物マスク、あけぬ夜」 「なんで五七五!?」 「使ってもらえないままで居場所が無いくせに、妙に我が物顔で居座ってるシートマスクたちを眺めながら、夜な夜なぼーっとして時間溶かしてるんだろうなと思って」 「くっそ…解説聞くとぐうの音も出ない…すげぇじゃんお前…」  きっと私はこれからも、シートマスクたちを夜な夜な眺めて、溜め息をついたり、ニヤついたり、ちょっと泣いたりするんだろう。もしかすると、また新しい彼が勘違いして増えるのかもしれないし、実家の母に少しづつ押し付けるのかもしれないし、意を決して自分で使う…のは、無いんだろうな。少なくとも、まだしばらくは。 「所在なき、我が物マスク、あけぬ夜」  お酒を飲みながら、声に出しながら、そこらへんにある紙にお気に入りの小筆を走らせた。もちろん、シートマスクたちを眺めながら。
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