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「だ、大丈夫?これ全部、いる?」
私はおもわずポケットティッシュを、もうひとつ取り出した。
街角で配られるのをヒョイヒョイと受け取るタイプだから、いつも
カバンや服の中の、あちこちにあるのだ。
実生活でそこまで泣くなんてことは、さすがにもう無いが、映画が元から
好きな私は、映画を観て泣きまくることが多い。
鼻が詰まって口で必死に息をして、喉が痛くなったことなら何度もある。
青年もまた声が出せないまま、頭を下げて受け取った。
「あの、よかったらコレどうぞ、蓋を開けてないんで。
映画館で声を抑えて泣くと喉が痛くなるっしょ?それと水分補給」
彼の右隣りに座っていた高校生くらいの少年が、ペットボトルの水を
差し出してきた。
おや、私と同じ思考じゃないか、彼も映画好きなのだろうか?
明かりのついた館内で少年の顔をみてみると、なんだかキツネを思わせる
顔立ちだった。
細身で、細面の輪郭がよくわかる短髪で、切れ長の細い目で鼻が高く、
口が少し横に広めだったのだ。
一方、泣いてるほうの青年も痩せていたが、上手いイラストレーターが
描いた、素朴な大学生という感じだった。
「君、立てる? あの、とにかくロビーで休んだほうが......」
私は脱いでいた秋物のコートを着込みながら、大学生っぽい彼に声をかけて
みたが、どうやら無理らしい。
座席の手すりに手を置いて立ちあがろうとしつつ、なかなかできないでいる。
「あー、なんかアレだね、女の子じゃなくてよかったみたいな?
まあ、男もそんな触るのもアレだけど、しゃーないわ。
おじさん、そっち持って」
「え?」
キツネ顔の少年が、泣いている青年の脇を片手で抱えて立たせようと
している。
あ、そういうことかと気づき、わたしはもう片方の脇を抱え、そうして
2人で持ち上げてどうにか立たせた。
「す、すみません......ありがとうございます」
青年がまだかすれている声を出した。
「歩けそう?」
私が聞くと青年はうなづいた。
「でも支えてたほうがよくね?荷物は俺が持つから。あっ盗まねえよ?
そこまで人間として落ちてねえもん」
確かに親切を装う悪人もいるにはいるだろけど、少年に対しては
そんなことは思えなかった。
わたしは彼の肩掛けカバンを彼に任せて、青年の両肩に手をかけて
支えながら館内を出た。
10代の少年、20代の青年、そして40代の私。
座席の奇遇から生まれた奇妙な縁が円になったような心境だった。
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