12人が本棚に入れています
本棚に追加
持ち込まれた難題
警察ではまともに取り合ってはくれませんでした──。
と依頼者は言い、向かい側に座る探偵は、そうでしょうね、とうなずいた。興信所「新・土井エージェント」の事務所のすぐ横に併設されたいくつかある面談ブースの一つ。依頼を持ち込んできた青年阿杉統和と、興信所所属の中堅探偵先野光介は、テーブルをはさんで向かい合っていた。
依頼内容は人さがしである。一年前に失踪した交際相手である枯橋彩葉という女性だ。その彼女から一度だけ電話があって、救けを求めてきた、というのである。
それで先に警察に行ってきて事の次第を訴えたのだが、担当した警察官は一応調書はとってくれたものの、そこまでだった。捜索願を受け付けただけで、それ以上は動けないと言ったのだ。
なにかの事件に巻き込まれたのに違いないと食い下がったが、捜査はしますと言ってはくれたものの、忙しいのか親身になってくれる様子はなかった。これではだめだと思った。
自分でさがすしかない──。そう決意したはいいが、途方に暮れてしまう状況だった。なにをどうしていいかわからなかった。考えてみればそれは警察も同じなのだ。動こうにも動けない。冷静に考えてみると、如何に無茶な要求をしていたのかと呆れる。こんなわずかな手がかりで人員を割いて人をさがそうなどと、もっと優先度の高い事案が常に舞い込んでくるだろうし、動いてくれるはずがない。でも事件性はある。それは間違いないだろう。事態は一刻を争うような状況かもしれないのだ。そしてたどり着いたのが興信所「新・土井エージェント」だったのだ。
分厚いシステム手帳を広げ、依頼者――阿杉統和の話を書き記していく先野。
一年前に行方不明になった当時、枯橋彩葉との交際は順調だった。お互いなんの不満もなく日々楽しかった。だがそう思っていたのは自分だけだったのか――彼女と音信不通になったそのとき、阿杉はひどく打ちのめされた。だがすぐに否定する。――そんなはずはない。彩葉の笑顔に嘘はなかった。
なら、どうして。
別れを告げたわけではなく、突然いなくなってしまったのだから、これは不慮の事故かなにかに違いない。しかし、とはいってもなんの手がかりもなかった。枯橋彩葉の自宅であるアパートにも何度か行ってみたがずっと留守であった。
最初のコメントを投稿しよう!