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人さがしというのは誰かに聞いて回るというのが基本だ。依頼だけを聞いて推理して解決というのはフィクションの世界だけである。そういう意味でいえば、どちらかといえば刑事に近いかもしれない。もっとも、警察と違って防犯カメラの映像を頼りにさがすというのはできないが。
社用車を運転して、発電所方面へと走らせた。
地図にあった場所へは一時間もかからない。走っている高速道路上から防音壁のない海側に火力発電所が見えた。何十本もの高圧電線がかけられた大きな送電塔も。
(あれがそうか……)
高速道路を下りて、手近なコンビニの駐車場に入った。クルマを停めて地図を広げた。
ゴルフ練習場と家電量販店の両方が視界に入るとなると、やや内陸の山の手のほうへと移動しなければならないだろう。そう見当をつけて、発電所を背にして進んだ。
国道を横切ると住宅地に入った。だがそこからだと鉄道の高架線路が見えない。
窓からの景色といっても、背の高いマンションならかなり離れていても遠くまで見通せる――となると、枯橋彩葉がいた部屋は一戸建てではない……かもしれない。
クルマを止め、海側を臨んでみた。海へと向かう道路の彼方に発電所のものである煙突だけが高速道路の向こうに小さかった。送電塔は等間隔にいくつか立っているためかろうじて見えるものの、ゴルフ練習場も家電量販店も住宅の陰になって見えない。鉄道の高架線は高さがそれほどでもないのか、どこにあるのかさえわからない。
この地域なのかどうか確信は持てないが、ともかくこの周辺で聞き込みをしてみることにした。一年間もずっと部屋に閉じ込められてはいないだろうから、誘拐した誰か(単独ではなく複数人数かもしれない)といつもいっしょに行動していたとするなら、なんらかの足跡が残っていると考えられた。
最初に目についた歯科医院に入ってみた。
「こんにちは」
玄関を入ると正面に受付があり、女性の事務員がカウンターの向こう側に陰気な顔で座っていた。
先野は靴をぬぎ、カウンターに歩み寄る。
「すみませんが、こういう人は来ていませんでしたか?」
と、スマホを見せた。
阿杉から転送してもらった枯橋彩葉の写真は幸せそうに微笑んでいた。茶色に染めた髪の二十四歳、左利きだという特徴も教えてもらっていた。
「いえ……見たことないですねぇ……」
差し出されたスマホから顔を上げると、胡散臭げに先野を見返した。なにが目的で人を尋ねているのか、なぜさがすのか、なにかした人ですか、と問い返すのが怖くなってしまうような、怪しげな顔つきの先野であった。
「そうですか……。失礼しました……」
先野は回れ右して、不審な視線を向け続ける事務員を背に退室する。事務員は、先野の姿がドアの向こうに消えるまで警戒した目を逸らさなかった。
クリーニング店、信用金庫、弁当屋、交番にも行って尋ねてみたが、なんの情報も得られなかった。交番では、誘拐の可能性があると言ってみたが、困惑されるだけで逆に職務質問をされた。ねちねちと、先野が人をさがすのを快く思っていないのがあからさまだった。
(こんなことで、さがしだせるか……?)
ただ単に、この町で普通に暮らしているならともかく、自由のきかない状況に置かれているのだから。誘拐犯にしてもなるべく目立たないよう気をつけるだろう。
依頼者には一応、見つからないかもしれないと念を押したが、やはり見つからないかもしれない。だが一方で、電話がかけられたくらいなのだから、枯橋彩葉が一人で戻って来るかもしれないという期待もなくはなかった。
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