木曜日が聞こえる。

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「とりあえず、美咲が今の私くらいの年齢になるまでは生きててやろうかなって思ってる」  私は少しだけ遠い未来に思いを馳せたが、写真の彼が心配そうに笑っていたので、わざと声を出して笑ってみた。 「大丈夫だよ! ラジカセも直してもらったし、CDだってあるんだから。私は再生ボタンさえ押せば、いつだって初々しいあなたに会えるんだよ? 生きているうちにたくさん会っておくつもり!」  それでもやっぱり心配そうな彼。優しすぎるときもあったけど、その優しさが心地よくて好きだった。私は頬杖をつきながら、しばし彼と見つめ合う。 「ありがとう」  ポロッと出てきた言葉に、私自身が一番驚いたかもしれない。改めて口に出すとなんだか照れ臭い。けれども、その言葉をきっかけに、胸の奥に閉まっていたものがどんどん溢れていった。 「楽しい人生になった、って思う。今の時点でかなり満足。あなたは私にたくさん与えてくれた。全部返せたかは分からないけど……うん、幸せだった。あなたに巡り合わせてくれた神様にも、感謝しなきゃだね」  言葉と一緒に出てきた息が温かい。三曲目は女性シンガーが「アイラブユー」って歌い上げた後に長めの後奏に入る。紅茶の湯気の向こうには穏やかな彼の笑顔。今日は物思いをするのにぴったりな晴れた秋の木曜日。私は紅茶をひとくち含んでから、もう一度目を瞑ることにした。 (了)
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