木曜日が聞こえる。

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 会社の健康診断で主人に癌が見つかったのはだいぶ昔の話になる。すぐに手術をして、悪いところはすべて取り除いたはずなのに、数年後に転移したことが分かった。そこからは「ドミノ倒し」という言葉がしっくりくるような状況で、病気は彼から色々なものを奪っていった。定年まできっちり勤めるつもりだった会社も泣く泣く辞め、趣味だった旅行も病気を機にパッタリ行けなくなった。そしてついには、家で生活することさえ難しくなり、生活の拠点はいつのまにか病院に移っていった。  久しぶりに外出許可が下りたとき、彼は開口一番「新しいラジカセを買いに行こう」と言った。退院日は偶然にも私たちが付き合った記念日であり、結婚記念日でもあった。家にはもともと古いラジカセがあって、特に壊れてもなかったのだが、彼としてはどうしても新しいラジカセがよかったらしい。  彼が無事に退院してきたその日、私たちは真っ先にお店に向かい、当時最新モデルの、音質がよくて使い勝手もいいラジカセを購入した。夕食のときに早速使ってみると、新しいラジカセは低音をよく拾ってくれていて、特にコントラバスの音なんかは心地よく響いていた。彼は「次家に戻るときの楽しみができた」と笑っていたが、彼がそのラジカセを使うのはこの日が最初で最後だった。
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