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そこまで考えると、彼と過ごした最期の時間を考えざるを得ない。もう年月が経ったから大丈夫だと思ったのに、悲しみが波のように体の奥から押し寄せてくるのを感じる。修理したラジカセは調子がよくて、コントラバスの音が体の芯まで響く。そのせいか、センチメンタルな気持ちに拍車がかかる。間もなくして聞こえてきたのは、甘く囁くようなメロディーで、これ以上聞き入っていたらいよいよ泣いてしまいそうだった。だから、私は大きなダイニングテーブルの中央にラジカセを残したまま、すぐ奥のキッチンへ移動した。
慣れた手順で戸棚を開け、いつものマグカップを取り出す。そのとき、茶色いギフトボックスに目が向いた。新婚のときに買ったペアのマグカップ。最後に使ったのはいつだったか──そう考え出したら、箱の中から彼らを出してやりたくなった。粗相をしないよう、戸棚のグラスたちを一旦水切りカゴに避難させ、気になってしまったギフトボックスを抱えてダイニングテーブルの上に置く。掬うようにふたつのマグカップを箱から出してそのまま乾杯させると、女の子と男の子がキスをするシルエットが浮かび上がる。若さと勢いで購入した、今から考えると恥ずかしいデザイン。少しだけ耳が熱くなった。
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