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タワーマンションの高層階に引っ越した。
部屋から下を覗くと、道行く人達が豆粒くらいのサイズに見える。
認識できるのは服の色と多少の動き程度。
普段、こんなふうに人を見るなんてないから、物珍しさで眺めていたら、立ち止まってこちらに手を振る人がいた。
何だろう。誰かこのマンションに知り合いでもいるのかな。
その時は単純にそう思ったが、いつ見ても、その人は同じ場所で手を振り続けている。
さすがに気になり、今日はオペラグラスで相手を拡大し、見てみることにした。
うーん。手を振っているというよりは、おいでおいでのような動きだ。そして、何かこちらに向かって言っている。
さすがに声は聞こえないけれど、口の動きでなんとなく判る気がした。
ええと…こっち、に、来いよ…『こっちに来いよ』?
多く手招きし、誰かを呼んでいる。そのことに気づいた瞬間、その人物の顔と体が真っ赤に染まった。
「来いよ。お前も飛び降りてこっちに来い…」
聞こえる筈のない声が聞こえ、俺は慌ててマンションの窓辺を離れた。
以前、このマンションの住人が破産し、部屋から投身自殺をしたと聞いたのは、それからしばらく経ってのことだ。
さすがに俺の部屋ではなかったようだが、亡くなった人が住んでいた部屋は、今もずっと空室のままらしい。
それを聞いてから、俺は地上を行き交う人を眺めることはやめにしたよ。もう、地上からこちらを誘う相手を目にするのはごめんだからな。
地上の人…完
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