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「ごめん、俺なんかした?弁当箱出すの遅いって話?」
「え?…ああ、弁当箱は帰ったらすぐ水に浸けとけって言うのはもちろんあるけど、そうじゃなくて、昨日の話。」
おふくろはこう言って、戸棚をガサゴソ。昨日の話って何、弁当の話しかしてなくない??
「昨日?」
「あんたが質問してきたんでしょーが、運命の一冊があるかって。」
「…ああ、そっちか。」
おふくろが本読まないって話ね。俺が頬杖をついて待っていると、おふくろがニコッと悪戯っ子みたいに笑って、こっちを振り返った。
「あれからずーーっと考えてたんだけどね、運命の一冊、母さんにもあるよ。」
「へー、何。」
「これだよ。」
そう言って、母さんが戸棚から取り出したのは、俺が初めてみるもので、でも俺には…いや、俺だからこそ、深く関係のあるものだった。
「……これ、母子手帳?」
それは、俺の母子手帳。
母さんは大事そうにそれを抱いて、キシシッと楽しそうに笑う。
「そうそう!母さん、ぜーーんぜん本は読まないけど、この手帳だけは何回も何回も開いて、読んで、ずーーっと肌身放さず持ってたから。今は戸棚の奥に突っ込んでたけどね。
…あんたが出来てから、母さんの人生はガラッと変わったんだよ。いやぁ〜、あんたにはヒヤヒヤさせられっぱなしだったわ!その分、たくさん笑かしてもらったけどね!あんたバカだったから!
…だからこれが、母さんの『運命の一冊』。」
母さんは懐かしそうに母子手帳をパラパラとめくって、目尻に皺を作って微笑んだ。
そして、こっちをチラリと見る。
「どう?運命の一冊って、こういうことでしょ?」
そう、だけども。
まさしく、そうなんだけども。
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