1 ハロウィンパーティー in S市

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「すごい人ですね」  ぐるり。と、辺りを見回して、鈴が言った。  市民センター前のウッドデッキスペース。イベントの参加申し込みをするため肩が触れ合うくらい人であふれた場所で、二人は列に並んでいた。 「そうだな。俺も参加するの初めて……あ」  後ろを通り過ぎた若者の肩が菫の背中を押す。後ろから、軽くすみません。の声。思わずよろけると、鈴が支えてくれた。 「ありがと。鈴」  そう言って、菫は鈴を見上げた。  鈴はあまり人混みを好まない。嫌でも声をかけられるからだ。言わずもがななことではあるけれど、その類い稀なる容姿のせいで。だ。グループでいるなら兎も角、これだけのイケメンが男友達と二人でいるなら、声をかけられないことの方が稀だろう。もちろん、声をかけてくる諸姉たちは菫の顔など見てはいない。一切興味もない。ただの付属物。世界遺産級のイケメンが一緒にいるのが彼女以外であるなら、ほかの誰であってもどうでもいい存在なのだ。 「役得だな」  その鈴が、この人混みの中でも今日は随分と上機嫌だった。  理由は簡単。いや、今現在。菫が転びかけて、人混みの中なのに抱き合うくらい密着できていることも上機嫌な理由の一つではあるのだけれど、それだけが理由であるわけではない。  このイベントのルールがとても彼向きだからだ。 「それ。似合うね」  見上げた先。鈴の顔には狼を模した面がかけられている。顔の半分以上を覆うプラスチックの面にフェイクファーのついたもので、通販で買ったらしい。このイベント『ハロウィンパーティー in S市』のルールは一つ。必ず何かしらの仮装をして参加する。ということだった。  顔を隠しているおかげでいつもよりは少しだけ注目度が低くなっているせいか、鈴は楽しそうだ。いや、人混みのせいで合法的に菫とくっついていられるからかもしれないし、それとも、イベントがあるというのに、奇跡的に菫が休みをとれてデートができたからからかもしれない。もしかしたら、その全部が鈴の機嫌をよくしているのかもしれない。なんにせよ、いつもあまり表情筋を働かせようとしない鈴が今日は笑顔が目立つ。 「……姉さん。祭り好きで……」  髪もいつもと違ってかなりハード目に仕上がっていてところどころシルバーのメッシュが入っている。その上、髪の中からはケモミミまで覗いている。鈴にしてはノリノリだなと思っていたら、同じくこのイベントに参加しているらしいお姉さんに無理矢理やられたのだそうだ。こういうイベントごとにはとことん本気を出す人で、仲間と一緒に仮装コンテストの部門に参加しているのだそうだ。ぜひともその姿を拝見したかったのだが、『そういうと思ってました』と、鈴は苦笑して、教えてくれたのは仮装コンテストが終わった後なのだった。  とにかく、鈴はかなり恥ずかしそうにしていた。多分、顔を隠してしなかったら、こんな姿を見せてはくれなかっただろう。けれど、菫にしてみれば『お姉さんグッジョブ』とサムアップしたい気分だった。 「いいじゃん。すごくイイ」  服装はいつも通り地味目なのだが、それがかえってスタイルの良さを際立たせている。ちょっと引くほど長い脚のブラックジーンズのお尻にふさふさの尻尾がくっついているのが堪らない。かわいい。  イイ。っていうのは、別に顔を隠しているから、鈴がナンパされなくていいな。とか、思っているわけではない。現にナンパはされないけれど、遠くから勝手に画像を撮られているのには気付いていた。顔が見えていなくてもイケメンは駄々洩れだからだ。  ただ、もう、鈴のイケメンが過ぎるのは最早どうしようもないと諦めたから、それなら、開き直っていろんな鈴が見てみたい。いつもとは違ったイケメンっぷりを見られるのは楽しい。菫だって鈴の顔は好きだ。嫌いなわけがない。  しかも、このイケメンは菫のものなのだ。と、口に出して自慢はできないけれど、鈴がそう思ってくれていることは素直に信じられるようになってきた。  だから、そんな鈴の普段は見られない『イイところ』を見せてくれたお姉さんには感謝しかない。
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