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ほかの人から見たらどう見えるのかわからない。けれど、二人は人混みの中でも、お互いしか見えない程度には、おおむねバカップルだった。
しかし、ふと、鈴の視線が菫の顔を離れて何かを追う。それは、菫の後ろの人混みの中に何かを見つけた。と、いうような仕草だった。
「……あ」
鈴の口から小さな呟きが漏れる。本当に小さな声だ。きっと、鈴のことしか目に映っていない菫でなかったら、聞き逃していただろう。
「鈴?」
つられて、菫は振り向こうとした。
「もっと、こっち来てください。そこ。人たくさん通るから」
ぐい。と、その手が菫の身体を引き寄せる。パーソナルスペース広めの鈴にしては、近い。いつもなら、菫の職場の近くでこんな風に密着するようなことはなしない。人混みの中だからだろうか。それとも、後ろを向かせたくないような何かがあったのだろうか。と、疑問が過る。
「ん。めちゃ混んでるな」
けれど、その疑問を菫は口にしなかった。
菫は自分が厄介ごとに首を突っ込んでしまう性質だと気付いている。だから、今もきっと、鈴は厄介ごとから菫を遠ざけてくれているのではないだろうか。菫は思う。もしそうだとしたら、いや、そうでないとしても、鈴を疑う気持ちはない。鈴はいつだって菫のことを一番に考えてくれているのだと、菫ももう、理解していた。
だから、腕を引かれるまま、寄り添うと、鈴が嬉しそうに笑った。
「ハロウィン。初めて来たんですけど、すごいですね」
すでに列に並び始めて15分。前にも後にも伸びている列と、行きかう人を見て、鈴が答える。
さっきから、二人が並んでいる列はこの『ハロウィンパーティー in S市』のメインイベントの内の一つ。『トリックオアトリート』の参加申し込みの列だ。
そもそも『ハロウィンパーティー in S市』は今年28回目を数える由緒正しい(??)催し物で世間ではハロウィンがあまり認知されていないころから開催されている。内容は昼の部の『仮装コンテスト』と、夕方からの『トリックオアトリート』が主なコンテンツだ。
『仮装コンテスト』はその名の通り、仮装してメインストリートを練り歩き、その仮装の完成度を競う催しで、可愛らしい子供の部と、かなり本気度の高い大人の部に分かれる。鈴のお姉さんが参加していたのはこの大人の部らしい。女吸血鬼に扮していたらしいのだが、教えられたのは既にコンテストが終わってからで顔を見ることはできなかった。というよりも、見せないために教えなかったのだと、菫は思う。
そして、二人が列に並んでいる『トリックオアトリート』は、S市の元町商店街のほぼすべての商店や飲食店が参加しているメインのイベントだ。参加者は終日歩行者天国となっているメインストリートとその周りの小さな路地で商店街の店がそれぞれに出しているブースを『トリックオアトリート』と言いながらお菓子を貰い歩くのだが、コースが指定されていて、回ったブースでスタンプをついてもらうスタンプラリーも兼ねている。全部回ったら先着順でプレゼントがもらえる。が、参加者はあまりそこを重要視していない。
それぞれの店の前や路地に出ているブースにはその店の商品も並んでいるし、普通の祭りに出ているような屋台も出ている。キッチンカーエリアもあって、それらを冷かしながら商店街を散策するのが目的なのだ。しかも、参加者は大人から子供まで全員何らかの仮装をしなければいけないというルールがあって、程度の違いはあるけれど、それぞれが非日常を楽しんでいる。
祭り特有の浮かれた雰囲気自体が『トリックオアトリート』の醍醐味なのだ。
「俺も。参加者側は初めて」
イベントの特性上子供が多いから無遠慮に押されたり、ぶつかってくる。菫も、正直ここまでの人出を予想していなかった。
というのも、このイベントに参加したことがないからだ。
別に避けていたわけではない。理由は二つ。
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