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2 モブ顔魔法使いはイケメン狼男に溺愛される
受付を済ますと二人は商店街のメインストリートを歩き始めた。受け取ったパンフレットには参加している30以上の店舗のブースやキッチンカーが紹介されている。そのうち、スタンプラリーで回るのは8ブース。
二人は特に急ぐ気はなかった。トリックオアトリートはまだ始まったばかりで、終了時間は2時間後だから、のんびりと歩き回ればいい。大体、全部回れなかったとしても、ペナルティがあるわけでもないのだ。子供はともかく、大人の参加者はたいていそんなのりだ。
周りを見回すと、街はいつもよりもずっと色鮮やかに見える。
特にオレンジ色が多いからだろうか。
違うな。と、菫はそっと首を振る。
もちろん、歩行者天国の通りは個性的な仮装をした市民でごった返している。大人には菫や鈴のように地味な色味の仮装も多いけれど、子供たちはハロウィンとは関係ないようなお姫様や、漫画やゲームのキャラのコスプレも多い。だから、いつもは人通りもまばらな街が賑やかに見えるのは当たり前だ。
けれど、違う。
別に面をつけているわけではなくても、仮装をしている間は、日常の自分ではない。ここでは、大抵のことが許される。少し浮かれて羽目を外しても、街は受け入れてくれる。
菫は思う。
ふわふわ。ざわざわ。と、浮ついた、祭りの特有の雰囲気。それが、街を色鮮やかに変えている。
目の前を小学生のグループが駆け抜ける。マントをつけたり、カボチャの帽子を被ったり、カチューシャをつけたりみんな思い思いの格好だ。『次あっち』とか、『あっちの方が近いじゃん』なんて話しているのが微笑ましい。
交錯するように、女子高生のグループが横切った。みんなおそろいの魔女の仮装をして箒を片手に持っている。
「あ」
その刹那、二つのグループの間に何かが見えた。
ざわり。と、首筋の毛の流れに逆らって撫でられたような感触。
見えたのは白い服を着た……。
「菫さん」
ふ。と、鈴が菫の目の前で掌を振った。途端に、見えていたものが消える。
「鈴……」
見上げると、鈴は苦笑していた。
「悪いものじゃないけど、今日は『近い』から、気を付けて」
そう言って、鈴は菫の背中をぽん。と、叩く。別に金縛りにあっていたとか、そんなことはない。けれど、知らぬ間に詰めていた息を菫はほ。と、吐いた。
「俺らと同じで。浮かれてるんです。ああいうのも」
鈴がひらり。と、パンフレットを菫の前に開く。
「だから、『気付かない』ように、楽しみましょう?」
長い指がす。と、パンフレットの上に伸びる。綺麗なラインだ。
ああ、さっき振り向かないように引き寄せられたのもこういうことだったのか。と、菫は合点した。だから、鈴の言葉に素直に頷く。鈴の言うとおりだ。今通り過ぎたものには悪意みたいなものはなかった。散々言い続けてきたことだけれど、菫にはそれらの良し悪しを判断するような能力はない。それらは人間と同じで悪意があったとしても隠すことはできるし、見た目が怖いからと言っても悪いものでないことも多い。
ただ、鈴や葉にいろいろと教わったのだけれど、悪いものなんてほんの一握りだし、今日は鈴も一緒にいるのだから、菫は変な警戒をするよりもきっと、言うとおりにしていた方がいいのだ。
「緑風堂のブースもあるんですよ。顔だけ出してもいいですか?」
今まで言っていたことなんて何もなかったかのように鈴が笑う。パンフレットに書かれた菫たちが回る予定のコースの中には緑風堂のブースも入っている。
「うん」
今日の鈴は本当に上機嫌で楽しそうだ。
だから、菫も楽しみたい。
頷くと、『こっちです』と、鈴は緑風堂のブースのある方へと歩き始めた。
そんな菫の視界の端に何かが映る。
街にはいろいろな格好をした人がひしめき合っている。だから、変わった格好なんて、今日は珍しくもない。それなのに、何故かそれが菫の目の端に焼き付く。
それは、ひらり。と、浅黄色の袴の裾を翻した。頭にかぶった白い面を結ぶ緒が赤い。
狐?
いや。狗?
口に出さずに思う。
けれど、その姿が人混みの中に紛れると、その印象は菫の中でとても希薄になってしまった。
「わ」
意識がそちらに奪われて、ウッドデッキのわずかな段差に足を引っかけてしまう。転びそうになったところを、鈴の腕が支えてくれた。
そんな時だった。
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