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ほかのハロウィンイベントに菫は参加したことがない。
菫が通っていた大学は首都圏ではなくて、近くで大きなハロウィンイベントをやっているところがなかったし、イベントに参加するためにわざわざ遠くまで行こうと誘ってくるようなタイプの友人も恋人もいなかった。S市に帰ってきてからは、ブラック企業で使いつぶされていたから、イベントに参加するような心の余裕がなかったし、図書館に就職してからは先述の通り主催者側になってしまったから、参加してはいない。
だから、ほかのハロウィンイベントどころか、この街のハロウィン事情もあまりよく知らないけれど、おそらくはほかのハロウィンイベントにはあまり多くはなくて、このハロウィンパーティー in S市に特徴的なコスプレが一つある。
狐の面に禰宜や巫女のコスプレだ。
もちろん、それは、あの稲荷神社の物語に由来している。S市においては町おこしのために前面に押し出してかなり強くプッシュしている特徴の一つだから、当たり前かもしれないけれど、今年は特に多い。それは、例の巫女Vチューバーの〇ou〇ubeチャンネルが原因なのだが、中高生中心にかなりの知名度を誇っていて、狼よりも狐のコスプレが流行っているようだった。
つまり。メインストリートにはそこいら中に狐がいる。
にもかかわらず、その中に菫は見つけてしまった。
「あー。菫だ~♡」
いや。それは、狐なのだが、狐ではない。
ハートマークを付けて走り寄ってきたのは、貧乳の魔女だった。大きなつば広の三角帽子をかぶって、緑のワンピースを着た古式ゆかしい??ドラ〇エスタイルの魔法使いだ。菫の腕に腕を絡めて、にこにこしている。
「なんだ。お前ら来てたのか」
そのあとから来たのも、狐ではない。
黒いマントに白シャツ。蝶ネクタイ。髪をオールバックに撫でつけたこちらも古式ゆかしいヴァンパイアスタイル。牙と赤い目と色白の肌はおそらく自前。
「……ちわ」
その後ろから何故かやっぱり狐でないものがついてくる。
面はつけているけれど、ホッケーのマスクだ。顔を隠すように被っているのではなく、額にちょこん。と、のっかっている。もちろん、あの金曜日になんやかんや不穏当なことが起こる映画のアレだ。原典のジェイさんとは似ても似つかない細身の身体を白ティーと革ジャン革パンツで包んでいるけれど、顔面の偏差値が高すぎてもはや13日のアレには見えない。
両手に屋台で買っただろう牛串とフランクフルトとたこ焼きを持っている。
「……は?」
つい3日ほど前にもお掃除にいった社で菫が作った稲荷ずしを爆食いした3兄弟がそこにいた。そこにいたのだが、思わず菫は疑問符を投げ返していた。
「なんで、お前らここにいるんだよ」
「祭りだからな。知らんのか? 狐は騒がしいのが好きなんだ」
菫の問いにさも当たり前だという顔で新三が答えた。そんなことも知らんのか。阿呆め。と、付け加えそうな表情だ。
「そんなことも知らんのか。阿呆め」
言われた。
「……いやいやいや。おかしいだろ。お前ら、なんで? は? え?」
別に新三や沙夜があの社を離れられないわけではないことは知っている。実際に鈴の家まで来ていたくらいだ。
問題はそこではない。
三人は周りから完全に認識されてた。撮られているのだ。動画を。
狐は美形が多いらしい。葉が教えてくれた。その上コスプレのレベルもかなり高いから、注目を浴びることはあるのかもしれない。けれど、それ以前に問題がある。
「なんで。見えてんだよ?」
怪異の類は現代ではほとんど見える人がいない。たしかに、彼らは神使と呼ばれるもので、その辺の弱っちい浮遊霊や地縛霊とは違う。それでも、普段は子供くらいにしか姿は見えないはずだった。実際、菫と一緒に社にいたとしても、見えるのは遊びに来ている子供たちと鈴くらいだ。
「……祭りだから?」
何故か語尾に疑問符をつけて、沙夜が答えた。
その答えに思わずため息が漏れる。真面目に考えてはいけない。
怪異とか、妖なんて、こんなもんだ。と、笑えるほどに菫はまだ達観してはいない。なんでそうなるんだよ。と、ツッコみたいけれど、ツッコんだら負けな気がした。きっと、明確な答えなんて誰も知らないのだ。
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