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Episode5. 冒険者ギルド
冒険者ギルドの前で、真人は逡巡した。正直なところ、迷っている。何に迷っているかと言うと、素直に勇者として行動して良いのか、という根本的な部分にであった。フィクションの何かに転移したのか、それともゲームでもラノベでも何でもない本当の(?)異世界に転移しているのか、それとも… 何らかの事故に遭って昏睡状態で見ている夢なのか。
「…夢ならいいのに。」
真人は呟いた。ただの夢ならどう転んだって目が覚めればリセットされる。それなら選択肢を間違えたって破滅したり死んだりなんてことになっても、悪夢でしたね、で済むのに、と真人は考える。夢じゃないなら本当の異世界に転移が良いな、と思う。最悪なのは、何らかの作品の世界に転移している場合だ。ざまあ系だったりするのだろうか。立ち位置によってはロクでもない結果になる。メガロアルカと言う名前に覚えがない真人は、そこまで考えて身震いした。
「どうした? あんちゃん。」
背後からそう声をかけられて、びくり、と真人の体が跳ねた。
「あ、邪魔でしたか。ちょっと考え事してて…」
よくよく見ればギルドの入り口を塞いでいたと気付いて、真人は慌ててその場からよけた。ガタイの良い四人組の男たち、冒険者ギルドに用があるのだろうから彼らもまた冒険者なのだろうと真人は思った。
「ああ、まあ構わねえが。なんか困ったことでもあったのか?」
「て言うか、見ない顔だな?」
特に悪意も敵意も感じなかったが、四人に囲まれる形になった真人はヒュッと変な音をたつつ息を呑んだ。
「もしかして登録に来た、とか?」
四人の中では優しそうな風貌の男にそう声をかけられ、思わず真人は頷いた。
「緊張してたのかな? 一緒に行くかい?」
真人の様子に、その優しそうな風貌の男は続けて提案した。少し考えて真人は頷いた。なんにせよ冒険者登録まではしておかないと変なトラブルに発展しかねない。まず身分証がないのだ。見た目は厳ついが、少なくともガラが悪いわけでもないし、行先は冒険者ギルドだし、と考えて真人は四人についていってみることにした。
「登録時に簡単な説明はあると思うけど、もし分からないこととかあったら気軽に声をかけてくれていいよ。」
と、優しそうな風貌の男は言った。ロンギヌスというパーティーの治癒師をしているのだそうだ。自分たちも冒険者になりたての頃は、先輩に色々助けてもらったからね、と彼は笑った。だから自分たちも新人が困っていたら助けるようにしていると、彼らは言った。
「そうなんですね。オレもそうなれたら良いなと思います。何かあったらよろしくお願いします。」
そう言って真人は四人と別れて受付に向かった。
良い人たちだと思う。が、どこまで関わって、どこまで話してよいものか、と考えるとなかなか頼る訳にもいかないだろうな、そう考えて少し寂しく感じる。
「どうしました?」
受付でそう声をかけられ、真人は登録に来たと答える。そこまで答えて、はた、と気付く。勇者として登録して良いものだろうか。神殿に行動を握られてしまうのではないか。あまりいいことではないような気がする。
「登録ですね~、この用紙に必要事項を記入していただいて、手数料をお支払いください。」
真人の逡巡を断ち切るように受付嬢が登録用紙とペンを目の前に差し出してきた。登録用紙にあるのは名前と性別と年齢、ジョブの記入欄だけだ。ほんの少しの悪戯心と言うか、捻くれた考えが過った真人は、適当に記入することにしてみた。
エニューオーという女神の名前はギリシャ神話っぽい響きがあるな、と考えてじゃあどうするか、と真人は考える。正直アレクサンダー大王しか思い浮かばない。
「アレクでいいか。」
ぼそりと呟いて、名前の欄にはアレクと書き込む。性別と年齢はさすがに誤魔化せないから素直に書いて、職業欄には剣士にする。
「そういや、突貫でできたんだっけか。」
適当に書いた内容のまま、冒険者登録が出来てしまったところで真人は思い出したように呟く。これがある程度ギルドの制度が定着してからだったら、偽証罪とかで捕まるのかもしれない。あとは、あの女神がどう出るかだよなあ、とギルドから渡された身分証になるカードを見詰めて真人は今後について考えた。
「取り敢えず今夜の寝床かな。」
ギルドの中は人が多くて落ち着かない。ゆっくり考えるにも、一度宿屋にでも行こうと真人はその場を離れた。
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