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彼といて得れた多くの物より、彼といなければ得れたはずの自由を求めてしまうのは、なぜ。全てが不足なく満たされているのに、どこか物足りない。 柊様の美しさには惚れ惚れとするし、これ以上ない良い主人だと理解している。 なのに人は、足りない所ばかりが目に付くらしい。 「…どっか行きたい…な」 小さなため息は、憎いほど眩い青空にあっという間に吸い込まれる。垂れた汗をハンカチで丁寧に拭い終わる頃、ようやく玄関口から二人が現れた。 「モモ、お待たせ」 のんびりした足取りで私に手を振る柊様に「お待ちしておりました」と微笑み扉を開ける。 全ての不満を心に隠して、柊様の側に侍る私はこの上ない不忠者だろう。 だけど、今の私にはそれ以外の選択肢がない。彼の手を振り払ったら、私が、私の家族が、どうなるのか想像もつかない。 「今日もいい天気だね」 「最高気温は30度。最低気温は22度。風もあるので概ね過ごしやすい1日になるでしょうが、日差しは強いので熱中症対策の為小まめに水分補給をお願い致します」 「すごいね時生は。人工知能みたいだ」 呆れて笑う柊様が車に乗り込み私も続く。助手席の時生さんが慣れた手つきで空調を調節して、やっと火照りが和らいだ。
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